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天国でのデート

 杏は、マリアを自分の部屋に住まわせることにした。

 このままで良いわけ無いのは分かっている。


 しかしマリアが、側に居ること――その魅力に、どうしても抵抗することが出来ない。

 寒かった自分の部屋が、マリアのおかげで暖かい。


 マリアは一日中、部屋の中に一人で居ても、それが特に苦にはならないらしい。杏がバイトから帰ると、喜びを身体全体で表現しながら迎えてくれる。

 杏も嬉しい。

 二人で一緒にご飯を食べて、一緒にお風呂に入って、一緒に一つの布団の中で眠る。


 何かに満たされていく、杏の心。

(もしかして、これが〝幸せ〟という気持ち……?)


 同じ布団の中、はみ出さないように杏と身体をくっつけあいながら、マリアがポツポツと述べてきた。

「天使様が一緒に居てくれる。ここは、やっぱり天国(パライゾ)なのでしょうか? それとも寒い牢の中で、わたしは夢を見ているの……? だったら、お願い。覚めないで」


 幸せそうな、でもどこか(おび)えているマリアの声を耳にして、杏は彼女の身体をギュッと抱きしめる。

「夢じゃないよ、マリア」

「そうですよね、天使様」


 二人は互いの体温を感じあいながら、眠りに就いた。



 クリスマスの前日。

 杏は思い切って、マリアを外へと連れ出した。


 数日間アパートで過ごし、身なりもキチンと整えたためか、誰がどう見ても、マリアは現代の普通の少女としか思えない雰囲気になっている。万が一にも、不審がられることは無いはず。


 町は既に、クリスマス一色だ。

 どこからともなく、クリスマスソングが聞こえてくる。


 その歌を耳にして、マリアが嬉しそうに歌詞を口ずさむ。

 杏とマリアは、町の中を腕を組みながら歩いた。


 お店のショーウィンドウを覗いてみたり、美味しいものを買って公園のベンチで食べたり、奇麗な景色を眺めたり。

(デートをしているみたいだ)

 杏の頬が赤くなる。冬の寒さのみが原因では無いはず。


「天国とは、いつでもこんなに楽しいところなのでしょうか?」

「う~ん。今の時期は特別かな? なんといっても、明日はクリスマスだからね」

「クリスマス――知っています! 救いの御子がお生まれになった日を祝う、降誕祭(ナタラ)ですね!」


 とある雑貨店の前。

「ちょっと待っていて」

 杏はマリアに告げると、お店の中へ一人で入っていき、すぐに出てきた。


 せっかくのお出かけなのに、少しの間でも離れていたのが不満なのか、マリアが必要以上に引っ付いてくる。

 マリアが初めて見せる我がままな振る舞いに、むしろ杏の胸の内は温かくなった。



 夜になって、町は、よりクリスマス特有の(にぎ)わいを見せ始める。


 色鮮やかなイルミネーションの数々に、マリアは見とれている。杏はマリアへ、マフラーを掛け直してやるなど、彼女が体調を崩さないように気を配った。

 ひとまず健康を取り戻しているとは言え、マリアは過酷な環境で生きてきたのだ。いくら優しくしても、しすぎることは無い。


 その日の最後、二人が訪れたのは夜の教会だった。


 コッソリと中へ入る。今晩と明日、教会ではクリスマスのミサが行われるため、普段より多くの信者が訪れるのだが、さすがにこれほどの深夜になると、もう誰も残っていない。


 ステンドグラスのマリア像が、月光を背後より浴びつつ二人を見下ろしている。

「ここに、わたしが倒れていたんですね」

「ああ。突然に……とても驚いたが、何故か不思議と受け入れる気持ちにもなった」

「わたしが〝天使様に会いたい〟と望んだから――きっと天帝(デウス)様が、願いを叶えてくださったんです」


 マリアが杏を見つめてくる。その瞳は、熱を帯びていて。

 杏は、ちょっと口籠もる。


「そ、それで、マリアはこれから、どうする?」

「どう……とは?」


 不安げな眼差しになる、マリア。

 杏は手を伸ばし、彼女の頬にソッと触れた。


「ずっと、私と一緒に暮らさないか?」

「え……」

「難しいことが沢山あるのは、分かっている。でもマリアが側に居てくれたら、頑張っていける。私の今までの人生には価値なんて無かったけど、これからは違う。一日一日を、意味あるものにしていける……そう思えるんだ」

「…………」

「私を、もう一人ぼっちにはしないでくれないか? お願いだ、マリア」


 杏は持っていた袋の中から、小さめのバレッタを取り出した。さきほど購入しておいたものだ。


「これは?」

「クリスマスプレゼント……降誕祭(ナタラ)の贈り物だよ。安物の髪飾りなんだが、マリアに貰って欲しいんだ」

「…………」

「マリア?」


 マリアは泣いていた。声を出さずに、涙を流している。


「き、気に入らないのか? マリア」


 少し(おく)した様子になる杏へ、マリアは首を横に振ってみせた。


「違う……違います! 嬉しい、嬉しいです。ありがとうございます。贈り物なんて、頂くのは初めてで。こんなに素敵な物を――」

「お礼を言うのは、私のほうだよ。マリアに会えて、大事な人に贈り物をすることが、こんなに嬉しいことだと、私も知った。一人で生きていたら、永遠に分からなかった」

「わたしも、司祭様がお亡くなりになられてから一人きりで……でも、こうして天使様に会えました」

「マリア」

不束者(ふつつかもの)ですが、宜しくお願いいたします。天使様」

「だから、私は天使じゃ無いと……」


 笑顔を向け合う、二人。杏はマリアの髪を優しく撫でて、バレッタをつけてやった。


 杏の胸の中が、歓喜の想いで満ちあふれる。世界が色づいて見える。世界の音が聞こえる。

 マリアに会う前まで常に心に(まと)わりついて離れなかった空虚感――そんなもの、今は欠片(かけら)も思い出せない。


 明日はクリスマス。

 神様が世界を祝福し、救い主を地上に降誕させた。そんな奇跡も、今なら信じられる気がする。


 二人の少女は、いつしか抱き合っていた。


 杏は自覚する。(おのれ)の腕の中に居る少女。その存在が、堪らなく(いと)しい。もしも神様がマリアをこの時代へと送り、自分に会わせてくれたのなら、心から感謝を――そうだ、〝感謝の気持ち〟を抱くなんて、ひょっとしたら生まれて初めてかもしれない。

 生まれてきて良かったと、自分を生んでくれてありがとう、お母さんと――そう素直に思える。


(マリアは、神様が私に(つか)わしてくれた聖母だ)

 杏の唇が、ゆっくりとマリアの唇に近づいて――

 マリアは拒まなかった。


 二人は目を閉じて、口づけを交わした。


 杏は、腕の中が空っぽになったのを悟った。

 目を開く。マリアは消えていた。一瞬前まで、確かに居たのに。


 夜の教会に今、存在しているのは杏一人。

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