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「リストス公爵、私の婚約者の誕生パーティでよくもこんなことをしてくれましたね?」
現れたのはジェイスとフレッド。公爵、公爵夫人、アロイスは顔から色が抜けていく。
「私のアンヌの親友であるクリスティナ嬢に対してのアロイスの行いは目に余るものがある。婚約破棄を言い渡しておきながら、自分の立場が悪くなると婚約破棄を撤回しようとするとは…アロイス、失望したよ…」
「公爵、他国の王族も参加している妹の誕生パーティで揉め事を起こしたことについては追って沙汰を出そう。今日は帰って屋敷で謹慎をしていろ。」
「ジェイス様!私はどうなるのです!?」
セシリアが叫び、ジェイスに駆け寄ろうとするのをティナが咎めた。
「セシリア·パーマー、他国の王族の名を勝手に呼ぶことは不敬に当たります。今すぐに謝罪なさい!」
普段、大声を出すことがないティナの様子にフレッドが近寄り彼女を宥める。
「クリスティナ嬢、大丈夫だよ?
ジェイス殿、我が国の貴族が大変失礼をいたしました。お赦しください。」
フレッドが頭を下げたので、ティナも慌てて頭を下げる。
「ふたりとも頭を上げてよ?
俺は、アンヌの誕生パーティを台無しにした公爵家と男爵令嬢に少しムカついているだけだから。
そういうことで、処分は俺が決めるからいいよね?」
「勿論です。」
「とりあえず、さっさと帰ってくれる?君たちがいると空気悪いし、俺怒ってしまうかもしれないよ?」
「も、申し訳ありませんでした!」
公爵のみが謝罪したせいか、ジェイスから冷たい空気が発せられ、それを感じて衛兵が会場から公爵達を連れていった。
「ジェイス様、皆が怖がってますわよ?」
アンヌがクスクス笑いながら、ティナの横に立った。
「えっ?怖いかな?」
「貴方様はいつも温厚ですからね。この空気どうされるのです?私のパーティですのに…」
「ああ、ごめんねマリーアンヌ。」
そう言うと、ジェイスはアンヌに近づいて額に口づけをした。
「相変わらずだね、ふたりは。」
「おふたりは仲がいいのですから宜しいではありませんか。」
フレッドが呆れ、ティナは通常運転でよかったと安堵する。
「ではマリーアンヌ、もう一度私と踊ってほしい。」
「はい、ジェイス様。喜んで。」
「音楽を!」
フレッドの合図で音楽が流れてふたりが踊り始める。
「ねえ、ティナ俺達も踊らないか?」
跪き手を差し出したフレッド。
「はい、フレッド様。喜んで。」
参加者達は先程のことがなかったように踊り明かした。
ー·ー·ー·ー·ー·ー·ー
「やはり、そうなりましたか…」
数日後、ティナはフレッドに呼ばれて公爵家と男爵令嬢セシリアの処遇を聞いた。
公爵家は半年の謹慎とその後一年間の茶会、夜会の開催禁止、令嬢の婚約は一度白紙に戻った。
降爵の話もあったが、アロイスが継ぐときには侯爵になるので、そのままでいいとジェイスが言ったのだ。
「そして、パーマー男爵令嬢だが、貴族としての教養が少なすぎるので、再度教育を施すか領地へ引っ込むか男爵に決めてもらうことになり、男爵は領地へ帰すことを決めたよ。昨日付で学園を退学して領地へ向かったらしい。」
「そうですか。」
「不敬を働いたにも関わらず、寛大な処遇だと思うよ。ただ、リストス公爵家には大打撃だろうね…」
「ええ。サージス侯爵家からの融資がなくなり、御令嬢の婚約話も白紙で資金繰りが大変になると父が言っていましたわ。」
「うん…だから、アロイスが爵位を継いで侯爵となっても大変だろうね…」
「幼馴染として、何かできないでしょうか…?」
「ティナ、君は本当に優しいね。あれだけ蔑ろにされて、公爵夫人や公爵令嬢にいろいろ言われたのにも関わらず、何かしたいだなんて…」
「婚約者として短くない期間過ごしていましたからね…。」
「アロイスが心配?」
「心配…なのでしょうか?よくわからないです。」
「君はそのままでいいよ。」
久しぶりに庭園の散歩でもしないかとフレッドに誘われたティナは思い出の場所にいた。
「懐かしい…」
「ああ。君と初めて会ったところだ。」
「覚えていたのですか!?」
「勿論だ。」
到着したのはふたりが初めて対面した薔薇園だ。
「フレッド様はあのときのこと…」
「今でも鮮明に覚えているよ。だから、君とここに来たかったんだ。」
ー·ー·ー·ー·ー·ー·ー
「フレデリックさまにごあいさつ申し上げます。サージスこうしゃく家のクリスティナです。」
城内の薔薇園で母親と叔母が茶会をするのに従妹が来ると聞いていたフレッドはティナと対面した。
そして可愛らしい少女に一目惚れをしてしまった。
「フレデリック·ヴァン·ルーディーンだ。宜しく。」
緊張しながら返事を返したのを彼は今でも覚えている。母親たちは話が盛り上がっているので、ティナとフレッドはふたりで抜け出すことにした。といっても侍従や侍女はついてくるが。
薔薇園の近くの池の辺りで話し込んだが、とても楽しい時間だった。お互いにティナ、フレッドと呼ぶようになった。
そろそろ母親達の元へ戻ろうと立ち上がりエスコートする。
「ティナ、またあそびにおいでよ!アンヌ…妹も今日君に会えるのを楽しみにしていたんだよ?」
「はい、ぜひ!」
「それと…」
そう言うとフレッドはティナの正面に立ち、彼女の手を取った。
「クリスティナ·サージスじょう、君が好きだ!この私、フレデリック·ヴァン·ルーディーンとけっこんしてほしい。」
幼いティナはフレッドから好きだと言われてとても嬉しくなった。ただ…。
「フレッドさま…うれしいです…ですが…」
このとき既にアロイスと婚約が決まっていたのだ。
「そうか…そうとは知らず…ごめん…」
「いえ…あのこちらこそ…」
それ以来、ティナとフレッドは従兄妹として過ごしたのだ。
ー·ー·ー·ー·ー·ー·ー
「クリスティナ·サージス嬢、ずっと君が好きだった。この先もずっと君のことだけを愛することを誓うよ。この私、フレデリック·ヴァン·ルーディーンの妃になってほしい。」
あのときの続きだと言わんばかりにフレッドはティナの手を取った。
「フレデリック·ヴァン·ルーディーン王太子殿下、私も貴方様のことがずっと好きでした。どうぞ宜しくお願いいたします。」
「ありがとう。とても嬉しいよ。」
「私もです。まだ私を想っていてくださったこととても嬉しいです。」
フレッドがティナを優しく抱きしめる。
「やっと、君を抱きしめることができた…。小さくて可愛すぎる。俺のティナ。」
「フレッド様…。」
「ティナ、君を絶対に幸せにすると約束しよう。」
「はい…。」
「ただ、君には苦労かけることも多いだろう。ふたりで乗り越えていこう?」
「はい。フレッド様をお支えしますわ。」
「ありがとう…。」
フレッドがティナの顎を持ち上げて顔を近づけると、彼女は目を閉じ、彼からの愛情の籠もった口づけを受け入れた。
「ずっと愛しているよ、ティナ。」
「はい、私も愛していますわ。」