黒犬の森
私の名前は柳 美空。17歳の高校生二年生の女子。私には幼い頃に夢があった、なんてことはない、ありふれた夢。いつか素敵な白馬の王子様が来て、その人と幸せに暮らす。でも、そんなのは所詮は絵空事の夢でしかないことは分かっている。現実には白馬も王子様も居ない、それが分かっているから虚しいのだ。
夏休みになったから肝試しに行こう、クラスメートの誰かがそう言い出したから、男女6人程で『黒い犬の森』に行くことになった。
『黒犬の森』というのは未だ人間の手付かずの森であり、そこには化け物じみた大きな人食い犬が出る噂がある。
もちろんそんなのは噂である、だって白馬の王子様だって居ないのだ。なのにそんな化け物だけ居てたまるか。確かにこの森では行方不明になる人が多く、大きな犬の唸り声が聞こえるという。だが、そんなのただの噂、噂に決まっている・・・そうさっきまで思っていた。
「がぁああああああ!!」
黒犬は現れた。人の何倍もある大きな巨体で、地鳴りのような雄叫びを上げて、私の中の常識をガラガラと崩していった。
クラスメートは我先にと必死に逃げて行った。恐怖のあまり腰の抜けた私を置いて。黒犬も賢いらしく逃げた奴らは追わずに、目の前で動かなくなっている生き餌、つまり私に狙いを付けた。
「ぐるるるる・・・」
ゆっくりと近づいて来る黒犬。あんまりにも怖いから、もう言葉も出ない。
もう私、ここで終わるんだ。バクっと食べられて、骨ごとバリバリと食べられちゃうんだ。
そうなると思った。だけど黒犬が出るんだから、もう何が来ても、おかしくない。
"ドン!!ドン!!ドン!!"
「ぎゃ!!」
突然、大きな音が3回鳴ったかと思えば、黒犬が悲鳴を上げて倒れた。何が何だか訳が分からなかったけど、森の茂みの中から、白い服を着た黒髪で短髪のイケメン、まさに私が幼い頃に夢見た、白馬に乗った王子様だ。
私は幼い頃の様な胸ときめきを感じていた。
僕の名前は白井 冬馬。僕の受験勉強の息抜きは、もっぱらラジオを聞くことだった。ラジオDJの小粋な喋りや、落ち着いたクラシックを流すラジオを聞くと心が落ち着いた。
その中でも僕が一番好きだったのは、ラジオドラマである。読まれていく文章を聞きながら、自分で物語を空想するのが大好きだった。だが、まさかそのラジオドラマの中に自分が入ってしまうとは思いも寄らなかった。
そう気づくと僕は、真夜中の草木生い茂る森の中に居たのである。
さっきまで家に居たはずなのにどうしてだ?そんな疑問もあったが、上着の右ポケットにズッシリとした重みが。手で探ってみると、何か硬い金属のような物があり、僕はそれを取り出した。
すると驚く物が出てきた。なんと銀色のリボルバー式の拳銃が出てきたのである。
「わっ!?」
驚いた僕は拳銃を落とす。何でこんな物が僕の上着のポケットに?しかし、森に銀の拳銃とか、さっきまで聞いてたラジオドラマに酷似している。
これで巨大な黒い犬が出てきたら、まさに・・・。
「きゃあああああ!!」
黒い森に響く女性の悲鳴。いきなりでビックリしたが、ただ事では無い。僕は自然と体が動いた。拳銃を拾い、悲鳴のした方向に。こんなに自分が勇敢だったなんて、自分で驚いた。
そうして黒犬を見た瞬間、恐怖とともにアレを倒さないといけないということが分かった。
ここはきっとラジオドラマ『黒犬の森』の中の世界なのである。ドラマの中で森に入った女性が巨大な黒犬に襲われ、間一髪のところを屈強な男の猟師が銀の拳銃を使って、黒犬の眉間に銃弾を撃ち込んで倒す。それが大まかなストーリーだったはずだ。
現実的に考えて、ラジオドラマに入り込んだなんて、他の人が聞いたら鼻で笑われそうだが、今の僕は不思議なことにすんなりと受け入れられた。
そしてあの魔犬を僕が拳銃で撃ち殺さないと、元の世界に戻れないということも分かった。
さて、女子高生が襲われそうになってるし、確実に仕留めないと。僕はバレないように木々に隠れながら黒犬の正面に移動。そして狙いを定める。銃なんてエアガンしか撃ったことないが、もうここまで来たら撃つしかない。
僕は重たい引き金を引いた。一発で当たらないかと思い、二発、三発。
"ドンッ!!ドンッ!!ドンッ!!"
こうして僕はあっさり黒犬を倒した。拳銃を撃った反動で腕も肩も痛めたが、あれ程の怪物を倒せた代償としては安いものである。
「あ、あの、アナタは?」
成り行きとはいえ助けた女子高生が話しかけてきた。結構可愛いが、助けたことを理由にして見返りを求めようなんて思ってはいけない。もう少しで僕は元の世界に帰るのだから。
「僕は、旅人というか何というか、もうすぐ居なくなるので気にしないで下さい。」
名前も名乗る必要はない。行ったところでもう会う必要も無いからだ。
「えっ?それはどういう・・・」
返答する間もなく、僕の目の前の空間が歪み始め、丸い穴のようなものが出現した。少々怪しいが、この中に入れば元の世界に戻れるのだろう。躊躇う必要は無さそうだ。
「それじゃあ僕はこれで。」
僕は手を振って、そのまま穴の中に入ろうとした。それにしても不思議な体験をした。もう疲れたので帰ったら寝てしまお・・・。
"ドガッ!!"
突然、後頭部に衝撃が走り、僕はその場にドサッと仰向けに倒れ込んだ。
はぁ、とても疲れた。
成人男性を引きずりながら運ぶなんて女子高生には過酷な労働だ。でもでも♪白馬の王子様の為なら何だって出来る♪
はぁ、寝顔もカッコいいなぁ♪
「うぅん・・・痛い!!」
あっ、起きた♪
「おはようございます♪なんちゃって♪」
「痛い!!痛い!!・・・手足が動かない!!」
痛がる王子様。それもそのはずだ。
「手足折っちゃってるんで、動かないと思いますよ。動かない方が良いです♪」
「なっ!?・・・なんで!?・・・ま、まさか君が折ったの!?」
「はい♪初めてですけど上手に出来ました♪」
苦痛に顔を歪めた顔もカッコいいなぁ♪
「ふ、ふざけんな!!なんでそんなことしたんだよ!?」
口調が荒々しくなった。俺様系みたいでこれも良し♪壁ドンとかされたいなぁ♪
「だって、せっかくの白馬に乗った王子様を逃したくないじゃないですか♪私、幸せは自分の手で掴み取る派なんで、思い切ってやっちゃいました♪」
「な、何を言って・・・てか、ここは何処だ?何だ?この鉄格子?」
彼は檻の中、大きな大きな檻の中。この檻は彼を引きずって森を歩いている間に偶然見つけたんだけど、多分これはあの黒犬が入っていた檻なのだろう。鍵は壊れていたから自転車のチェーンで檻の入り口を施錠しておいた。
これで逃げられる心配もない。
「くそぉおおおおおおお!!穴は!!穴はどうなった!?」
「あ、あれですか?少ししたら消えちゃいました♪不思議な現象でしたね♪」
「・・・う、嘘だろ?・・・う、嘘だと言ってくれ・・・頼む。」
途端に目に涙を浮かべて情けない顔になる王子様。うーん♪ゾクゾクしちゃう♪私ってSっ気があるのかも♪
「また明日来ますね♪ご飯とか排泄物の処理は私に任せて下さいね♪」
そう言って、私はスキップしながら夜道を帰った。黒犬は怖かったけど、王子様と出会えるなんて本当にドラマみたいだ♪