1話
目を開けたら知らない天井があった。
…どういうことだろう?
起きて周りを見回してみる。部屋の中は一言で言うと簡素。私が寝ていたベッドに空の本棚、クローゼットがあるくらいだ。
知らぬ間に誰かの家にお邪魔してしまった…とか…?いやいや昨日はちゃんと自分の家に帰った。そのままベッドにダイブしたはずだ。疲れてて記憶は朧げだけども!基本的に自分の言った こととかすぐに忘れちゃうけど!!
とりあえず!今は状況を把握することが先かな…。
「はあ〜。どうしよう、あ!」
視界に入った物に駆け寄り抱きしめてくるくる回る。
「よかったー!無事だったのね、私のバッグー!」
回るのをやめて中身を確認する。中身がなかったら私立ち直れないな…とか考えながら開けると、そこにはしっかりと仕事道具が詰まっていた。
「ほっ…よかった、中身あって…」
一安心しているとコンコンとドアが2回ノックされ思わずビクッと肩が跳ねた。そして、ドアが開いたと同時に
「あら起きてたのね。物音がしたからびっくりしちゃったわ。」
鈴の音みたいな綺麗な声が聞こえてきた。顔を上げて声の主を見ると、そこには美女がいた。
私の語彙力じゃ美人以外の言葉が見つからないぜ…。
髪は黒…いや、黒に近い紫だ。窓から入る日の光の当たり方によって色が変わってるけど紫だろう。その髪は簪を使い頭の上で留めている。赤いタレ目がセクシーで、でも何処と無く優しそうな感じ。うん、やっぱり美人。
「道端で倒れてたから拾っちゃったんだけど…迷惑だったかしら?」
…………ん?今、不穏な言葉が……。
「道端で倒れてたって…」
少しの期待を胸に、聞き返してみるが、
「倒れてたわよ」
にっこり笑ってバッサリ切り捨てられてしまった。
倒れて、なぜか道端にいた私を運んでもらって、現在、ほぼ間違いなくこの人の家に私はいる。やるべきことは1つである。
「………迷惑かけて申し訳ございませんでした!」
直角にいや、それより低く頭を下げる。なんて事を!なんて事を!やらかしちゃいけない第1位だよ!
「え、頭を上げて!迷惑なんてかかってないわ。だから、ね?顔をあげて?」
私があまりにも必死だったのか、優しく諭してくれる。そうか、この人が女神様だったか。
「拾ってくれてありがとうございます。本当に助かりました。ところで此処はどこでしょうか?」
「あらあら、これはご丁寧に。若いのにしっかりしてるのね!ここは水の街『ルポ』。冒険者たちの憩いの場よ。」
冒険者?水の街?どれも聞きなれない言葉、というか日本にはそんなところ無いはずだ。どこかのアトラクションなら納得するが、私の家の近くにそんな所は無かった。
「…この国の名前は日本ですか?」
頭ではすでに分かっているのだろう。分かってはいるけれど理解したくない、認められない、受け入れられない。
答えを聞いたらもう戻れない予感がする。それでも、私はその先を聞かなければならない。聞かなければ進めない。
「日本という国は聞いたことがないわね…」
…ああ、やっぱり。
なんでこうなったのだろうか。
「あなた、大丈夫?顔色が悪いわ…。もう少し休んでいったらどう?」
あまりにも急な展開についていけなかったからだろう。今、私の思っていることは全て顔にでてしまっているから相手には丸分かりだ。
それなのに、私を心配してくれるとは…やはり女神だ。
「いえ、これ以上ご迷惑をお掛けするわけにはいかないので…。それにもう大丈夫です。ありがとうございました!」
ペコリと頭を下げる。下げた頭を上げて顔を見るとやはりどこか不安そうだ。そりゃあ、さっきまで絶望的な顔をしてたのだから当たり前だ。だけど私は基本的に『どうにかなるだろう』精神なのだ。よって、起こってしまったことは仕方ないしグダグダしてても時間の無駄だ。例えどん底まで落とされてもすぐに吹っ切れるのは私の特技だ。
「そうだ!お腹すいてない?お昼過ぎちゃったけど何か食べていきなさい。」
「いや、でも…。」
「それに、もう作っちゃったのよね…。食べてくれないと捨てなきゃいけなくなるわ。」
………はめられた!
にっこりと効果音の付きそうな笑顔でそんなこと言われたら断りようがないじゃないか!こっちがなんて切り出すか分かってたのだろうか…。とにかく、もう断るすべがないので言えることはただ1つだ。
「ありがたく頂いていきます」
なんとか出せた言葉は棒読みできっと顔は引きつってただろう。
私の寝てた部屋は2階だったため、階段を降りて1階へと行く。居間らしき場所を通り抜けるといくつもの机と椅子がある場所だった。
「ここ、お店だったんですね…」
「ええ、そうなの。『バル』っていうのよ。そこのカウンターに座って待ってて。すぐに持ってくるわ!」
席に着き、改めて店内を見渡す。チョコブラウンのシックウッドで統一された壁と床。オシャレなカフェにありそうなダイニングチェアと机は木製で、同じ色で揃えられている。そして、今私の座っている所はカウンター。しかもバーカウンターと呼ばれるもので結構広めだ。イスは360度回転できる丸いカウンターチェア。これらは黒茶色で揃えられている。再び正面を向くとバック・バーがある。
バック・バーとは客がカウンターに座ってバーテンダーと向き合ったとき、バーテンダーの後ろにあるドリンク類やグラスを並べた棚のこと。今はバーテンダーいないけどね。
そうやって店内を観察していたらお姉さんが戻ってきた。
「お待たせしました。黄金の輝きです。」
独特なメニュー名で出されたものはオムライスだ。ふわふわ卵にケチャップがかかっている。
「わあ!いただきます!」
スプーンを持ってご飯と卵を同時に掬い口に入れる。
「…す、すっごく美味しい!なにこれ、卵はふわってしてコクがある!ケチャップライスとよくマッチしてて…とまらない…。」
ガツガツと食べすすめ、あっという間に皿は空となる。まだ食べれそうだけど、これ以上食べるわけにもいかない。オムライスと一緒に持ってきてくれたお水を飲み干し口の中をスッキリさせる。
「ご馳走さまでした!すごく美味しかったです!」
「ふふ、喜んでもらえてよかったわ。そういえばお名前なんていうのかしら?」
…………あれ?そういえば私名前教えてなくね?
今、私の顔は真っ青になってることだろう。
「あ、あの、自己紹介遅れてすみません!名前は酒井楓といいます。この度は本当にありがとうございました!」
「あらあら、気にしなくていいのよ。聞かなかった私も悪いのだから。私はシルヴィアというの。このお店で料理を作っているわ。」
シルヴィアさん…。名前まで綺麗だなんて…。ああ、そういえば、
「ここのメニュー名って面白いんですね。他のもそうなんですか?」
そう、さっきでてきたオムライス。『黄金の輝き』という名だった。お腹空いててスルーしちゃったけど、気になったから聞いてみた。
「ああ、メニュー名ね。それはね、私の旦那が考えたものなの。私たちの店は全部こんな感じの名前なのよ。」
ふふっと笑ったシルヴィアさんはとても幸せそうだった。私もつられて笑みを浮かべた。
ほんわかしてきた雰囲気になってきたが、解消されてない疑問はもう1つあった。
「シルヴィアさん、ここのお店はバーもやってるんですね!」
まあ、バック・バーまであるし見れば分かるだろと思われるだろうが、どうしても確認しときたかったのだ。私の職業的に。
「ええ、そうよ。ただ、あまり売れないのよ。」
「…え?売れないってどういう…。」
「お酒は旦那が出しててね…。ここではカクテルっていうのも取り扱おうって決めたんだけれど、売れ行きが悪くてねぇ。どうやらお客さん達の口には合わないみたいなのよ。」
「そうなんですか?」
「ええ、だからどうすればお客さん達が飲んでくれるか色々試作してるのよ。……あら、噂をすれば。」
シルヴィアさんがいきなり扉のある方向に目を向ける。でもそこには誰もいないし入ってきてもいない。どういうことだろう?
あ…ま、まさか幽霊とか?幽霊が入ってきたの?旦那さんお化けなの?え、無理無理無理!そんなものはいりません。お帰りくださいー!
シルヴィアさんの意味深な一言で心の中はすっかりパニックになってしまっていた。けれど、扉はチリンチリンと扉の上にあるベルを鳴らしながら開いたのだった。
え、開いた…?
「おう、今帰った!」
入ってきたのは恰幅のいい渋めの男性。世間でいうダンディーな男の人だ。背も高くてすごくいい…。
「お帰りなさい。いいものは買えた?」
「おう、夜に使う食材も足りなくなりそうなものは買ってきたぜ。そうそう今回はな、珍しいリキュールも手に入ったんだ!」
この人がシルヴィアさんの旦那さんらしい。足を確認するが地面についてる。透けてもない。てことは、幽霊じゃなかったのか…。早とちりしちゃった。
「これなんだ、見てくれ。」
そういって取り出されたものは可愛らしい色をしたものだった。話を聞いてるとどうやら花のエキスが入っているらしい。確かに変わってる…。私の働いていた所でも扱ったことのないものだ。
ずっと見すぎていたのか顔を上げたら2人とも私を見ていた。
「あ、えっと…挨拶もせずにすみません。酒井楓です。この度はありがとうございました。」
席から立ち上がり、シルヴィアさんの時と同様深く頭を下げる。
「ガハハハハ!そんなに畏まらなくていい。俺はテオという。この店の店主だ。楓ちゃんはこの瓶を熱心に見てたが気になったのかい?」
顔を上げて質問に答える。
「はい!私の店でもこういったリキュールは取り扱ってないので、つい…。ジロジロとすみません…。」
「君の店ではカクテルを取り扱っているのか…?」
目を見開いてとても驚いたように言ってきた。これは失言だったかもしれない。私の世界ならカクテルは珍しいものではない。しかしここは異世界だ。自分のいた世界と何が違うかなんて分からないのだから発言には気をつけるべきだった…。
だが、この人たちになら…言っても大丈夫だろうか?自分がこの世界の人ではないと。会って間もない、本当は危険な人達かもしれない。でも、言おう。多分大丈夫だ。何より隠しきれる自信がない。
「はい。テオさん、シルヴィアさん。私は貴方達に知ってほしいことがあるんです。初めましての状態でこんなことを言う私はきっとおかしいと思われるかもしれません。でも、今から話すことは他言無用だとありがたいです。」
そういうと2人は顔を見合わせて頷いてくれた。
「テオさんの言った通り、私はカクテルを知っています。私はバーテンダーの見習いで、修行のためにバーで働いていたからです。ただ、そのバーはこの世界にはない別の世界にあるんです…。つまり、私は異世界人ということになります。」
2人ともしばらく惚けた顔をしていた。
やはり無理があっただろうか。いきなり異世界からきたなんて…。顔をしたに向けて手を握りしめる。
時間にしては1分もなかっただろう。ただ、私にはそれ以上に感じた。居た堪れなくなってきたと思い始め言葉を撤回しようとした時、
「カクテル!」
「………………はい?」
「楓ちゃんのいた世界にはどんなカクテルがあるんだ、どんな感じなんだ?一体どういう材料で作られているんだ!?それは美味いのか?どうなんだ!」
怒涛のように話し出したテオさん。新しいオモチャを見つけた子供のように目をキラキラさせて迫ってくる。
正直、怖い。確かに好きな物に対して語りたくなるのはよく分かる。自分が知らない事だったら特にだ。
私も気をつけなければ…。じゃなくて!とりあえずどうしよう。私が想像してたのと全く違う反応なんだけど…!
「まあまあ、あなた。落ち着きなさい。楓ちゃんが困ってるわ。」
シルヴィアさんの一言でテオさんは迫る事をやめた。ありがとうシルヴィアさん。物凄く助かりました。お陰で質問攻撃が止まりました。
心の中でお礼を言いテオさんに何て言おうか考える。少し黙ったせいかシルヴィアさんが声をかけてくれる。
「楓ちゃん、ごめんなさいね。テオはカクテルのことになると周りが見えなくなるみたいなのよ。弾丸トークも何時ものことだから気にしないであげてね。」
「気にしてないので大丈夫ですよ。好きなことについて話したくなるのは仕方ないです!テオさん、さっきのことなんですけど、私の世界には沢山のカクテルがあります。バーテンダーの技術や創作カクテルの味を競う世界大会も行われる程です。種類に関しては多すぎてなんとも言えないんですけど…。この世界でカクテルというのはそんなに珍しいんですか?」
「そうか。そんなに発展しているのか!楓ちゃんの言ったとおりこの世界にはな、カクテルという概念自体が根付いてないんだ。だから酒場でもでないところの方が多い。それに、酒はカクテルみたいに混ぜたりしなくても美味いからなぁ。何も思わないのさ…。」
「そう、だったんですか…。」
カクテルが根付いてない……?根付いてないってことは知ってる人が限りなく知られてないってことだよね?……許されるのか?そんな事が。いや、許されるはずがない。勝手に異世界にトリップさせられた挙句酒は美味いのにカクテルがない世界?ふざけるなよ。
眉間に皺がより、だんだんと顔が険しくなっていくのを感じるが今は何も考えられない。
「そうだ、楓ちゃん!カクテルを作ってみてくれないか⁉︎」
「……え?」
え、なんて言ったこの人。私に作って?何を?カクテルだよね。え、ええええ!
「作っていいんですか!見習いですけど、私!」
「ああ、是非飲んでみたいんだ。」
真剣な顔で私に頼んでくるテオさんに少し気圧されそうになる。
……ここまで言ってくれるんだ。断り続けてもいいが、それはテオさんに失礼だと思う。だから、だから、私は、
「ありがとうございます。心を込めて作らせて頂きます!」
異世界に来て、初めてのカクテルを作ります!