最強の魔女ですが、育てた弟子から結婚を申し込まして
《神域の魔女》――彼女がそんな風に呼ばれるようになったのはいつからだろうか。
――リエル・レイティが数百年ほど前に、《魔神》を打ち倒し、その『呪われた血』で不老不死の力を手に入れた時か……それとも、生きた人間では入ることのできない『未踏の地』から、伝説の薬草を採ってきたときか。
リエルの噂は一人歩きしていて、一つの国を救ったという話もあれば、一つの国を滅ぼしたとも言われる……過去に生きた英雄達の伝説から鑑みるに、そういうものが誇張されていくのだろう。
一応、どれも事実ではあるが。
謂わば、リエルは生きる伝説だった――そんなリエルが、気まぐれに子供を拾ったのは十六年も前のこと。
森で捨てられた、魔力の溢れた子供だった。
おそらく、子供にしては高すぎる魔力に怯えた親が捨てたのだろう――それを重宝する者もいれば、捨てる者もいる。
可哀想と思ったわけではないが、リエルはこの子を見て『強くなる』と思った。
それは好奇心のようなもので、自分より強い魔導師というのも、見てみたくなったのだ。
だから、リエルはその子が幼い頃から魔法の知識と技術を叩き込んだ。
若くして才覚を露にしたその子の成長性はリエルの比ではなく、いずれ自分も超える存在になることだろう――そう予感させた。
そこに期待の気持ちが大きく出てくるのは、きっとリエルにも人の心が残っているからだと感じさせてくれた。そんな日が続いたある日のこと、
「師匠、お話があります」
「どうした、少年。やけに神妙な面持ちじゃないか。一人旅をする決心でもついたか?」
リエルは少年――オウルへ問いかける。彼が最近、王都に出かけるところをよく見る。
実力を付けたとはいえ、オウルも男だ。これから旅に出て、好きな女の子を作って……新たな英雄として活動していく。それを、リエルは止めるつもりもない。むしろ、応援すべきことなのだろう。
オウルはしばらく黙り込んでいたが、やがて真剣な表情で言い放つ。
「俺と結婚してくれませんか?」
「そうか、お前も――うえぇ?」
変な声が出た。
おそらく、リエルが生きてきた中で一番情けない声であっただろう。
***
「……どういうことだ?」
リエルは困惑していた。
態度こそ平静を装っているが、表情は崩れてしまっている。
椅子に腰掛けて、目の前に立つ弟子のオウルを見上げながら、努めて感情を表に出さないようにする。
「俺、師匠のことが好きなんです。師匠もよく、俺のことが好きだって言ってくれましたよね?」
「そ、それはそうだが……からかいの意味もあったというか……」
「俺は本気です」
真っ直ぐな表情でそう言われて、リエルは遂に表情に動揺が出てしまう。
まさかこんなことになるとは思ってもいなかった――育てた弟子が、自分に惚れるような事態になるなど。
ある意味では、いくら魔法を繰り出しても再生する《魔神》と戦ったとき以上の衝撃だ。
だが、リエルももうオウルとは比べものにならないくらい長く生きてきた身。
すぐにいつもの態度でオウルに尋ねる。
「……君が私を好きだとして、どこが好きだと言うんだ。私に魅力があるというのか?」
「言ってもいいですか」
「言えるものならな」
「顔が好きです」
「ふっ、顔か……」
リエルは失笑するように笑う。
確かに、彼女は美人であった。長い黒髪の似合う、端正な顔立ち。魔女としての雰囲気が出ていると、自分でも思っている――
「あと、俺より身長低いのにまだ『少年』呼ばわりにしてるところとか、たまにピンチなことがあっても常に余裕なふりをしてるところとか、『良い人』じゃないとか言いながら人助けしてるところとか――」
「そ、そんなに具体的には聞いていないっ!」
バンッと机を叩いて制止する。
外見や性格くらいで終わるかと思えば、リエルが止めなければとんでもなく具体的に話してきた。……そしてそれは、どれも間違っていない。だが、彼女にも威厳というものがある。
「少年、一先ず今言ったことは君の胸の中だけにしまっておくように。キャラ付けだと思われたら困る」
「当然です。師匠の良いところは俺だけが知っていればいいですから」
「そ、そうか……。それで、君は私のことが好き、だと……」
「はい、そう結論付けました」
オウルの答えは変わらない。
だが、リエルはその言葉に答えるつもりはなかった。
すでに数百年は生きている自分と、まだほんの十数年しか生きていない弟子と、そんな関係になる想像ができなかったからだ。何より、悟られないようにしているがリエルに恋愛経験は一切ない。
師匠としてのあらゆる威厳を守るために、リエルはオウルの気持ちを受け取るわけにはいかなかった。だが、オウルはそんなリエルの心など知る由もなく、
「結婚が無理ならお付き合いからでもいいです」
「いや、私と少年はそもそも師弟関係であって――」
「では、俺が師匠を超えることができたら結婚してくれると?」
「そ、そういうわけでもなくてだな……」
「でしたら、まずはお付き合いから始めましょう。一緒に暮らしているんですから、それくらいならいいでしょう?」
「それくらいなら……いや、ダメだ!」
「師匠っ!」
呼び止めようとするオウルを振り切って、彼女は家を飛び出す。
すぐに転移の魔法を使って、彼女は家から遥か離れた場所へと移動した。
そこは《神竜》と呼ばれる者の背中。
おそらくリエル以外はたどり着いたことのない、絶対不可侵の領域だ。
そこでリエルは小さくため息をつくと、
「うわあああっ! わ、私はどうしたらいいんだ……!」
「あのー、急に来てそんなこと言われても困ってしまいますけど……」
リエルの悩む声を聞いて、見た目に似つかわしくない可愛らしい女性の――神竜の声が響く。
恋愛経験ゼロの最強の魔女、リエルはこうして弟子から告白され、人生でもっとも大きな悩みを抱えることになるのだった。
ものすごく強くて長生きしてるけど恋愛経験のないかっこいい系のお姉さん魔女が、弟子に攻略されるようなお話が見たいプロローグです。