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目が覚めたら、ネコになった公爵令嬢  作者: 魚沢凪帆
本編
7/16

翌日、朝、目が覚めると、ノアが起きて支度をしていた。


「ミルク、行ってくる」


私にミルクを置いて出かけようとしたので、私は焦って、ノアの足に絡みついた。

小さな体では足止めはできないけれど、ノアは私の初めての行動に戸惑ったようだった。

身動き取れずに、呆然と私を見下ろしている。


「どうしたの?」


しゃがみ込んで聞かれたけれど、説明する言葉は持ち合わせていない。

置いていかれたくなくて、私は必死で「にゃぁにゃぁ」と鳴き声をあげた。


「なんだ? 急にどうした?」


ノアは戸惑いながら、私の体を持ち上げる。

私は必死でノアの手を舐めてみた。


今日はとにかく、置いていかれたくなかった。

私の想いを感じたのか、ノアはため息をつくと、「大人しくしていてね」と言った。

仕方がない、とノアが私を連れて部屋を出たので「ありがとう」と鳴いた。



************************



昨日の衝撃が強かったのか、私はひとりになることが怖かった。

ノアにしがみついて、ノアと一緒にいたくて、ノアと出かけることに成功した。

だけど、私はすっかり忘れていた。


ノアは、女性と遊ぶのが大好きな女ったらし王子だった。

昼間からどこに行くのかと思ったら、ノアは庭園に降りて、しばらく辺りを歩いていた。


「ノア様」


声をかけて、走り寄ってきたのは、見知らぬ女性だった。

この間まで一緒にいたビアンカではない。

また、別の女性がノアに抱きついてきた。


「キャサリン、会えて嬉しいよ」


ノアは、私を肩に乗せたまま、自身の胸の中に女性を招き入れた。

キャサリンの香水がムワッと鼻について、私は、小さなくしゃみをした。


「あら、ノア様。今日は、ネコを連れていらっしゃるのね」


キャサリンが首をかしげて、私を見上げた。


「うん、俺の可愛がっている子だよ」

「もう、ノア様ったら、色々な方にそういうことを言うんですもの」


ネコの私をダシに、言葉を遊びをしているキャサリンとノアが腹立たしく見えた。


「少し、歩こうか」


ノアはキャサリンに手を差し伸べると、二人は体を寄せ合い、歩き出した。

臭い香水に、私の鼻はひん曲がりそうだった。


二人の楽しそうな笑い声も、耳にキーンッと響いていた。

一緒に来なければよかった。


後悔が募るけれど、ノアの肩から降りたらキャサリンに負ける気がした。

必死でしがみついていたら、庭園の端にある東屋にたどり着いた。


ふたりがベンチに腰掛けたとき、「ノア様」と第三者の声がした。

私が見上げると、東屋に近づいてくるノアの従者 グリムだった。


直接、関わったことはないけれど、ノアの傍にいるとき、時折姿を見る男だ。


「少々、よろしいでしょうか?」


従者のグリムに呼ばれて、ノアは眉をひそめた。


「ごめん。行かなきゃ。すぐに戻るから待っててくれるかい?」


ノアが視線を合わせて、謝ったのは、もちろんキャサリンに対してだった。

「えぇ」とほほ笑んだキャサリンに、ノアは立ち上がった。


私はノアについていこうと、彼にしがみついていたけれども、ノアは非情だった。

肩にのった私をノアは、東屋のベンチに降ろした。


「ミルクと一緒に、良い子で待っててね」


ノアの笑みに、キャサリンはポッと頬を赤らめた。


置いてかれると、私は必死で泣き叫んだけれども、「すぐに戻るよ」とノアは手を挙げただけだった。


「本当に、綺麗な毛並みね。さすがに、王家のネコは違うわね」


ひとりになったキャサリンは、ずいぶん、軽々しい言葉を使う女性だった。


キャサリンが、私に手を伸ばした。

臭い香水を纏った手で、触れられたくなくて、私は必死で「にゃぁ」と威嚇した。

私の威嚇が伝わったキャサリンは、フンッと鼻を鳴らした。


「やだ、このネコ。躾けが足りないんじゃない? さすが、第6王子の飼い猫ね」


―――なんなの、この女。


私の心に、怒りが生まれる。

見上げた目に映るキャサリンは、醜くも綺麗に笑った。


「まぁ、仕方がないわね。飼い主があの、ノア様じゃね」


――――イラッ


「早く、オスカー様に紹介して下さらないかしら。ユーゴ様でも良いけれど、彼は宰相の娘と結婚がきまっているしね」


王太子に、第2王子の名前までも、軽々しく上げる女。


「せめて、第3王子でも、紹介してくれたら、良いんだけど。ノア様、顔は素敵だけど、彼みたいな女性関係に軽くて出世できなそうな人じゃねぇ」


フフッと忍ぶように笑った声。

腹が立って、頭の中が真っ赤に染まった。


次の瞬間、私はキャサリンの手にとびかかっていた。


「キャアッ」


東屋に叫び声が響き渡った。

声に気が付いたのか、ノアとグリムが駆け寄ってきた。


「どうした?!」


手を庇うように立つキャサリン、手を振り払われる反動で東屋の床に転がる私。


ノアがびっくりして、私たちを交互に見た。


「このネコが、急に私に噛みついたのよ!」


キャサリンが、ヒステリックな声を上げた。

噛みついたって言っても、ちょっと血が滲む程度だ。


大騒ぎするほどじゃない。

けれども、キャサリンは「何なの、このネコ!」と叫んでいる。


ノアは東屋に一歩、足を踏み入れると、”私”ではなくて、キャサリンの手を取った。


「ごめんね。俺のネコが、君の綺麗な手を傷つけてしまったのかな?」


大した傷ではないと、ノアにだってすぐにわかったと思う。

けれども、ノアは彼女の手を取ったまま、膝を折った。


「綺麗な手だ。傷つけてごめんね」


騎士のような姿で、ノアはキャサリンの手に口をつけた。

王子様然とした姿に、キャサリンも息を飲んでいる。


―――なんで? なんでなの?


ノアはキャサリンを見つめていて、私を振り返ろうともしない。

彼の目に映っているのは、間違いなく、キャサリン。

私とは別の女性だ。


―――ほら、まただ。

いつでも、彼らは、私ではなくて別の女性を選ぶんだ。


にゃぁぁぁぁ、と渾身の限りに鳴いてみたけれど、ノアは私を一切、振り返らなかった。

心臓をわしづかみにされて、握りつぶされそうなほどに、胸が苦しかった。


私は踵を返した。


東屋から飛び出したけれども、ノアが私の行動に気が付いてくれたのかわからなかった。

押しつぶされそうなほどの悲しみと不安が、追いかけてくるようで、必死で走って、東屋から逃げた。

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