Fall in love ~Noah‘s Case ~ 1
「バレンタインの日、私のお茶会に来てくださいませんか?」
震える声でシャルに誘われた。
今にも泣き出しそうなほど、目が潤んでいるのがわかる。
息を呑むほど、綺麗だった。
俺にとって、バレンタインは一年中で最も忙しい時期だ。
6番目の王子というスペアとしても期待されていない立場に生まれた俺は、諸外国、国内の情報を集め、有利に国が立ち回れるように兄たちのサポートしようと心に決めた。
女性たちに近づいては、情報を得るのが俺のやり方だ。
バレンタインは、ちょうど女性に近づくよいタイミングになる。
プレゼントを用意して甘い言葉を囁けば、秘密のひとつふたつ聞ける。
俺の役回り的にはバレンタインがいかに重要かわかっていたのに、俺はシャーロットの潤んだ瞳に負けてしまった。
「行くよ」
言葉を短く、頷いてしまった。
シャーロットの表情が、花のように咲いた。
******************************************
「ローズブレイド公爵令嬢とはどうなの?」
「どうなの、とか訊き方が下品だよね」
久しぶりに集まった兄弟6人。
5番目の王子 リカルドは数年前に出奔し、冒険者をしていた過去を持つため、話し方がやけに庶民じみている。
それを皮肉気にたしなめているのは、ガブリエル王子。
第4王子である彼は独特なセンスを持ち、奇抜な格好を繰り返すかなりのナルシストである。
「だって、気になるじゃん。オスカー兄さんにぞっこんだった令嬢が、今やノアにベッタリだし」
リカルドは俺を見ながら、ニヤニヤした目つきで見ている。
「別に、どうこうということもないけれど」
濁すように口の中で告げた言葉は、兄さんたちのにやけ顔をさらに深めた。
「バレンタインに約束しているんですよね」
さらりと、爆弾発言を突っ込んでくるのは、ユーゴ第二王子。
1を訊けば100を理解する次期宰相候補であるユーゴ王子。
「ど、どこからそれを」
思わぬところに情報源を持っているユーゴ兄さん。
かけためがねをクィッと持ち上げて、俺の焦り顔を涼しい顔で見ている。
「仲よくなれて、よかったね」
穏やかに微笑んだのは、イーサン第3王子。
美男子で一見、1番まともに見える王子だが、現王家の武力の要とも言える力を持ち、影では血に飢えた獣と揶揄される戦闘凶である。
「別に仲が良いとかそういうことじゃないんだけど」
「でも、私はノアが危ないことをやめるキッカケになるならいいと思うよ。ローズブレイド公爵令嬢は王妃としては家柄に問題があるけれど、ノアの相手ならいいんじゃない」
生粋の王子だと貴族令嬢の憧れの的である王太子。
実のところ、恋愛の欠片もわかっていない、オスカー兄さんの言葉は実も蓋もない。
「オスカー兄さん、わかっていないね。そういうことじゃないんだよ、恋愛は」
「リカルドは恋愛が理解できていると?」
「たぶん、ここにいる誰よりも理解できていると思うけれど?」
たしかに、リカルド兄さんが最も庶民のいう恋愛というかたちを理解していると思う。
「ノアはローズブレイド公爵令嬢が好きなの?」
オスカー兄さんが心底不思議そうに、首を傾げた。
―――シャルのことが好き?
多くの女性を騙しておいてなんだけれども、女性に対して、可愛らしいと思うことはある。
けれど、可愛いなと思う気持ちと、好きや愛しているは違うんじゃないかと感じる。
シャルに対しても、綺麗だな、と感じたこともある。
だけれども、好きとか愛しているとか、リカルド兄さんのいう恋愛というのはやっぱり俺にはわからない。
言葉がなかなか出てこない俺に対して、リカルド兄さんが鼻で笑うようなしぐさを見せた。
「まだまだ、ってことだよ」
「リカルド兄さんは恋をしたことがあるの?」
俺が聞くと、リカルド兄さんは目を伏せて笑った。
「恋はするもんじゃないよ。落ちるんだ」
うつむいたリカルド兄さんの言葉がやけに、響いて聞こえた。




