I’m in love ~Charlotte’s Case ~ 3
結局、一日かけて、ようやく2粒のチョコレートが完成した。
実際はもっと量産されたけれども、まともな形をしていたのが、2粒しかなかった。
豪華絢爛な茶会にしては2粒のチョコレートは、少々、寂しい。
私は結局、屋敷のコックに用意してもらったチョコレートも飾り付けて、目立たない場所に手作りチョコを置いた。
ぽかぽかと暖かい日差しが身体に心地よいバレンタイン。
ノア様がローズブレイド公爵邸に来てくれた。
バレンタインの日は他の女性とのお付き合いで忙しいかと思ったけれども、ノア様は少し考えた後、「行くよ」と言ってくれた。
「今日はお招き、ありがとう。シャル」
ノアは黒いシャツに、腰が隠れるほどの長めの白いジャケットを羽織っていた。
すらりとした体型に洒落たジャケットが良く似合っていて、私は玄関で失神するかと思った。
「大丈夫?」
固まったまま、一向に身動きをしない私に、ノアが手を伸ばした。
「だ、大丈夫ですわ!」
触れられたら、それこそ、心臓が止まってしまうと、私はノアの手を避けるように歩き出した。
私の背後で、ノアが付いてくるのがわかる。
庭園にたどり着くと、私の懇親の茶会の装いにノアが感嘆の息をついた。
「シャルは、センスがいいな」
「あ、ありがとうございます。ノア様、こちらへどうぞ」
今日のノアはスマートにかっこ良すぎてしまい、私の心臓が張り裂けそうなほどにリズミカルに跳ね上がっている。
「どのチョコレートも、とても美味しいので、ぜひお好きなものを」
メイドたちがチョコに合う紅茶を入れてくれている間に、私はノアにチョコをすすめた。
綺麗に盛り付けられたチョコレートの数々を見渡していたノアが、ふと視線を止めた。
「あれ? これだけ、ちょっと変わったチョコだね」
ノアが指し示したのは、まさに、私が作ったチョコだった。
「そ、それはその―――」
私は恥ずかしくて真っ赤になって、目を伏せた。
ノアが驚いて、首を傾げている。
「このチョコレートってもしかして」
察することが上手なノアが、私の様子に目を見開いた。
「そう―――へぇ、そうか。食べてもいい?」
ノアが嬉しそうに目を細めた。
「美味しくないかもしれません」
「そう」
「毒見してからのほうがいいかもしれませんわ」
「毒が入っているの?」
ノアの口から、クスクスと笑いが漏れる。
「シャル、食べてもいい?」
もう一度、訊かれて、私は真っ赤な顔を上げられず、うつむいたまま頷いた。
シャルが手を伸ばしてチョコを口に運んだのが気配でわかった。
私はまるで、死刑判決を待つように膝の上のドレスをギュッと握った。
「美味しいよ」
私に都合のよい幻聴のような言葉に、勢いよく顔を上げた。
「ほ、本当ですの?」
「もちろん、俺はシャルに、嘘をついたことはないよ」
微笑んだノアに、私は一気に感情をこみ上げてくることを感じた。
胸の奥の熱い感情がマグマのように噴出して、喉の奥が焼けるように熱かった。
視界は涙でにじんで、せっかく微笑んだノア様を目に焼き付けたいのに、もう彼の姿も見えなかった。
ポロポロ泣き出した私に、周りのメイドたちが慌てふためくのがわかった。
公爵令嬢として茶会で泣き出すなんてあるまじき行為だってわかっている。
だけど、私が作ったチョコを食べて「美味しい」と言ってくれた。
それがこんなに嬉しいことだなんて思わなかった。
彼の名を呼び、泣きじゃくる私に、ノア様がメイドたちに合図をして下がらせた。
パラソルの下で二人きりになった私は、止まらない涙を止めようと必死だった。
そんな私に、ノア様が手を伸ばして頬に触れた。
久しぶりに感じるノア様の暖かい手。
「にゃぁ」と喉を鳴らしたい気分になる。
黙ってノア様の手を感じていた私に、「落ちる、ね」と小さく呟くような声が聞こえた。
いつのまにか止まった涙。
濡れた瞼をゆっくりと持ち上げると、ノア様の笑顔が待っていた。
「婚約しようか」
―――息が止まる、と思った。