I’m in love ~Charlotte’s Case ~ 1
私が生まれたディオルグ王国は、数十年、戦がなく、緑が豊かで穏やかな風土がある。
大国のひとつに数えられるディオルグ王国で、私は公爵令嬢として生を受けた。
もともとは、王太子妃になることを夢見てきたが、ある事件を境に、私には好きな人が出来てしまった。
それが、第6王子 ノア・ディオ・グランドール。
世間的には女ったらしの軽薄なイメージが強い王子であるが、実は家族に対して深い愛情を持ち、心優しい人であることを私は知っている。
いつか、私だけを見つめて「好き」と言ってくれることを夢見る毎日ではあるけれど、現実はそう簡単にはいかないようだ。
ノア様は、夜会に出ては様々な女性にアプローチをかけて、私と踊ってくれるのも3回に1回程度。
ノア様の意図を知っているから我慢しようと思ってはいるものの、なかなか気持ちの整理が付かない。
「シャル、ストップ!」
考え事をしていた私は、第三者の声にびっくりして、持っていた銀ボールを床にひっくり返した。
ピカピカの真っ白い床に、どろっとした茶色のチョコが流れ出た。
「シャル、気をつけて。怪我をします」
表情は変わらないものの、やや苛立った声音のエリザベート。
私は「ごめんなさい」と素直に謝った。
海から吹き込む空気が冷えて、肌の乾燥が気になる季節。
ディオルグ王国には、恋人たちの愛のイベント バレンタインが行われる。
庶民は手作りのチョコレートを送りあうのが風習で、貴族になると有名パティシエが作った高級チョコでもてなす茶会を開くことが風習となっている。
ここ数ヶ月、ふたりの関係が変わらず、モヤモヤしていた私は、このイベントをきっかけに関係の進展を目指すつもりだった。
公爵令嬢らしく、有名パティシエのチョコレート菓子を用意し、豪華絢爛な茶会を催し、ノア様をお招きするところではあるが、最近、仲良くなったエリザベートが驚くことを口にした。
「私は、チョコレートを作ったことがあるわ。手作りって愛情を感じるでしょう」
エリザベートは氷の伯爵令嬢と名高い仮面様の表情の女性だが、仲良くなってわかったのは、とても心根の暖かい人だった。
「私も、ノア様に作ってあげたい」
私がつぶやくと、エリザベートは「ご一緒に作りましょうか」と誘ってくれた。
「ぜひ!」
前のめりになったあたしに、エリザベートが一歩、引いたように見えた。
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バレンタインが近づいた天気の良い昼下がり。
エリザベートの屋敷でバレンタインチョコレートを作り始めた。
なんでも器用にできるタイプ―――と自負していたけれども、私にお菓子作りの才能は皆無だった。
「シャル、大丈夫?」
―――もう、やめる?と喉まで出かかって、口にしないエリザベートの様子に心が痛い。
「大丈夫」といいながら、床に広がったチョコレートに泣きそうになる。
「一回、休憩しましょうか」
エリザベートの誘いに、素直に頷いた。