序章
その出来事は突然に起こった。
親の仕事の関係で、岐阜県の山間部にある町に引っ越した時だった。
これから話すのは、退屈な日常に突如現れた、儚く淡い非日常的な物語。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「おい、そろそろ着くから起きなさい。」
そう言われて僕は目を覚ました。
長い間、車に揺られていたせいで体の隅々が痛い。
まだ半分意識が飛んでいる状態で窓の外を見てみると、雑木林が見える以外は何もない。
そう思っていると、急に視界が真っ暗になった。
「このトンネルを抜けると町に到着だ。新しい我が家だぞ。」
車を運転している父は、ワクワクして、またどこか緊張の表情を見せながら助手席に座っている母に話した。
「楽しみね。響もたくさん友達ができるといいわね。」
僕は、二人の会話に耳を傾けつつ、窓の外を眺めていた。
しばらくすると、視界は明るくなり、民家が見え始めた。
窓から見える景色には、相変わらず雑木林が広がっている。
どうやら、ここは相当な田舎らしい。
「ほら、あの赤い屋根の家だ。いい雰囲気だろ。」
「あら、素敵じゃない。庭の畑で自家野菜も栽培できるじゃないの。」
僕は二人の会話には加わらずに、これからのこの町での生活を考えていた。
家の近くにコンビニはあるのだろうか。
学校には、生徒は何人くらい通っているのだろうか。
休日は、何をして過ごせばいいのだろうか。
考えだしたらキリがない。
そうこうしているうちに、家の前に車が停車した。
車から降りて周りを見渡してみたが、どうやらコンビニはおろか、店と呼べる店もなさそうだ。
東京育ちの僕は、これからはじまる生活に一抹の不安を感じつつも、若干の期待を抱きながら新しい我が家の門をくぐった。