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僕はじゃんけんで勝てない  作者: みのり ナッシング
3/4

part.3


 放課後。

 といっても、翌日の、放課後である。

 僕と小宮は図書館の受付カウンターで、二人並んで座っている。狭いカウンターなので、二人の距離が結構近い。小宮はずっと本を読んでいて、本を借りる生徒が来ても対応を僕に任せっきりにしている。

 腕時計を見るふりをして横目で小宮をチラ見する。首に掛かるくらいの長さの髪が、なんとも良い感じである。ショトカ最高。あ、ショートカットのことね。

 昨日の放課後にあった委員会では、図書委員長、副委員長を決めた他、図書館の受付当番のローテーションも決めていた。初日は早速、僕たちだったというわけだ。

 昼休みか放課後に、図書館の受付カウンターの番をするのだが、仕事はあまりなくて、本を借りにきたり、返しにきたりする生徒の対応をするだけだ。利用者カードと本にバーコードを当てる。返却はいついつまでです……といったふうに。各クラスの図書委員二人でシフトに入るようになっているので、必然的に小宮と二人で当番をしている。

 だが、小宮は生徒の対応を僕に任せっきりにして、本ばかり読んでいる。人見知りなのだろうか。

「あのさ、小宮って、」

 本好きなのか、と聞こうとして、途中で遮られた。

「図書館ではお静かに」

 本から目を離さずに小宮は言った。それから、一拍おいてこちらをちらっと見てから、「一回言ってみたかったの」

 昨日、横からこちらを見つめていた小宮の顔と重なる。くそ、またしても不意打ち。

 ていうか、別に今はそんなに人がいるわけでもないのにな。少し話をするくらい、いいだろうに。まあ、たいしたことじゃないからいいけど。

 誤字になった、いや、五時になった。閉館時間である。小宮はパタンと本を閉じて、とたたと足早に窓の方に向かった。窓の戸締まりの確認、それからカーテンを閉めることも図書委員の役割だ。僕も慌てて後を追いかけ、カーテンを引いていく。

 すると小宮から急に声をかけられた。

「一緒に帰ろ」

「え、ああ、いいけど」

 びっくりしてしまった。よく考えれば、女の子から一緒に帰ろうなんて初めてだ。あ、何年か前にはあったか。

 どちらにせよ、慣れていない。無駄にどきどきしてしまう。ていうか、どういうこと? なんで?

「話、あるんでしょ」

「あ、そうでしたね……」

 さっき話しかけたのだった。でも、別に改めて聞くようなことでもないよな。本が好きなことなど、見ていれば分かるじゃないか。困った。どうしよう。

 ていうか、女の子に声をかけられたくらいで無駄に興奮した自分が恥ずかしい。まあ、かわいい子と二人で図書委員の当番をしているからといって、二人の仲がその先に進展するとも思えないよなあ。現実は甘くないのだ!

 と、気を引き締めておく。


 帰り道、僕はじゃんけんの話をしていた。なぜだ。

 小宮と並んで通学路を歩きながらも、これが現実なのか時々信じられなくなる。いったん話し始めてしまえば口は自動的に動いてくれた。よくもまあ、これだけしゃべれるものだと自分でも呆れる。

「現象」の話を人にするのは初めてだった。たいしたことではないし、言って得するわけでもない。むしろ自分の弱点を言うようなものだ、場合によっては損になる。

 だけど、なんだか気まずくて、ついそんな話をしてしまっていた。まあ、小宮も結構興味深そうに聞いてくれているみたいなので、いいか。少なくとも、うざがられてはいなかったと思う。

 話し始めるにあたって、まず僕は小宮とじゃんけんをした。論より証拠。小宮は意味不明といった顔をしたが、黙って手を出してくれた。

「じゃあ行くぜ。最初はグー、じゃんけん……」

 僕はグーを出し、小宮はパーを出した。やっぱり、僕の負けだ。小宮はまだ、よく分からないといった顔をしている。僕は、自分の過去を話した。とにかくじゃんけんに弱いという話だ。

 こんな話、やっぱりつまらないだろうかと思ったが、興味を示してくれたみたいだった。事実、小宮の方から言われて何回もじゃんけんをした。言うまでもなく、結果は全て僕の負けだった。小宮がどんな手を出しても、僕はじゃんけんに負けた。

「すごい。インチキじゃないよね」

「インチキじゃないよ。僕も理由とかは分からないけど」

「すごいよ。その、『現象』って、どういう仕組みなの? 相手の出す手が分かってるとかじゃないよね」

「うん、そういうわけじゃない」

 やけに口数の多い小宮にやや圧倒されつつ、僕は答えた。小宮が言うように実は相手の出す手が分かっているとかだったら、僕は全勝だってできるんだろうけどな。

「ふうん……」

 小宮は少し黙り込んだ。ちなみに今は住宅街にいる。通学路の途中に住宅地があるのだ。さっきから立ち止まって何回もじゃんけんをしていたので、たまに通り過ぎていく生徒に変に思われてことだろう。いちゃつきやがってと思われていたかもしれない。

 うわあ、ぐっとくるものがあるぞ、これは。小宮は気にもしていないだろうが、かわいい女の子と二人で帰るというだけで僕は結構ドキドキなのである。

「ねえ」

「あ、はい!」

 声が裏返りそうになった。急に小宮が話しかけてきたと思ったら、なにやら少し目が輝いている気がする。

「もう一回、じゃんけん」

「え、いいけど……」

 小宮に言われるまま、僕は手を出す。じゃんけん、ぽん。小宮はパーで、僕はグーだった。まあ、当然である。

「俺から言い出した話だけど、何回もじゃんけんやるほど面白いか?」

「いいから、もう一回。分かったかもしれないの」

 何がだよ。小宮は続けて、

「私は、次はパーを出す」

 なんだか、漫画とかでよく見る心理テクニックみたいなことを言いだした。

「あなたにはチョキを出して欲しいの」

「え……あ、なるほど」

 小宮のしたいことが分かった。普通にじゃんけんをするのではなく、今度は事前に出す手を決めようというのだ。それも、僕が勝ってしまうようにして。

「じゃんけん……」

 小宮に言われて僕はチョキを出す。

「あれ……?」

「どうした? パーを出すんじゃなかったのか」

 小宮は、グーを出していた。

「もう一回、同じように」

 小宮が言うのでもう一回僕はチョキを出す。またも小宮はグーだった。僕の負け。

 何がしたいんですか、小宮さん。

 小宮は、少し驚いた顔をして自分の右手を見つめていたが、いきなり、普段は無表情な顔をぱっと輝かせて、言った。

「『現象』じゃない、『能力』よ、これは!」

 小宮さん?


 そのあと小宮に説明されたことは、とうてい信じられるようなことではなかった。

 小宮が言うには、僕は実は「相手の手の形を変える能力」を持っているのだそうだ。

「『能力』ってなんだよ。『能力』って。そんな中二病ラノベの設定みたいな」

「べ、別にいいじゃない! あなたの「現象」もたいがいよ」

 珍しく小宮はムキになってそういった。少し地雷を踏んでしまったらしい。だんだん無口・無表情キャラが崩壊しつつある小宮であった。

 ていうか僕、中二病っぽいと思われているのか。「現象」って、格好良い呼び方だと思うんだけどな。

 小宮の説明によると、僕の「現象」は、この「能力」のせいらしい。つまり僕が手の形をグーにすると相手はパーに、僕がチョキにすれば相手はグーに、僕がパーなら相手はチョキ、というふうに、あたかも、僕が必ずじゃんけんに負けるように、相手の手の形を変えてしまう「能力」だというのだ。

「ふうん、でもやっぱりちょっと強引じゃないか、それ」

「理由はある」

 小宮はこれまた珍しく、長々と話し始めた。顔も心なしか上気しているように見える。

「私、じゃんけんの時、最初の一手は絶対にチョキを出してしまうらしいの。昔、友達に言われたんだけど……確かにそうかな、って思った。でも、別にじゃんけんなんてしょっちゅうするわけではないし、意識することもなかった。今まで忘れていたくらい」

 まあ、普通の人ならそうだろう。僕みたいに、じゃんけんにトラウマがあるような人間でもなければ、じゃんけんなんてどうでもいい日常の一部に違いない。でも、意外と多いんだぜ、じゃんけんをする機会って。

 小宮は少し間を置いてから、また話し始める。

「それでね、さっき、最初にじゃんけんしたときのこと覚えてるかな。私はパーを、あなたはグーを出したの。最初は気付かなかった、いえ、少し変な感じがしたけれど、その時は深く考えなかった。でもね、何回じゃんけんしてもあなたは絶対負けたから、少し考えてみたの。そしたらこのことに気がついて……一手目なのに、私はパーを出していたことに。そこから、この仮説を思いついたの」

 さっき小宮がよく分からないというような顔をしたのは、そういうことだったのか。僕が突然じゃんけんを仕掛けたことも不思議だっただろうが、いつもと違う手を出したことを無意識にいぶかしんでいたのだ。

「で、次はチョキを出すようにと、あなたに言った。これは、この仮説を確かめてみようと思ったからなの。もしも、ただ単にじゃんけんに負けるだけの『能力』だと言うのなら、あらかじめあなたが勝つようにじゃんけんをしたら、どうなるか確かめるため。

 結果は、とても不思議なものだった。私はパーを出したつもりなのに、グーを出してしまっていた。わざとじゃないの。二回とも、私の右手は勝手にグーを出していたの」

「じゃあ、つまり小宮が意図せずしてパーを出してしまったのは、その……『能力』とやらのせいだというのか?」

  「能力」なんて、中二病のやつが聞いたら喜びそうな単語を軽々しく口にするのが少し恥ずかしかった。小宮は恥ずかしくないのだろうか。

「なあ、ちょっと話の腰折って悪いけど、おまえ、『能力』とかって言って、恥ずかしかったりしないのか? さっきからむずがゆくてしょうがないんだけど……」

「べ、別に。私、そういう設定とかよく考えているから」

 慌てたように小宮が答える。目も泳いでいる。面白かったので、何の設定だよ、と突っ込もうとしたが、できなかった。

 通学路のそばの空き地に、人がいるのが見えた。いかにも、という感じの不良が数人と、それらに取り囲まれるようにして、うちの生徒だろうか、見覚えのある制服が見えた。すらっとした長身に、見覚えのある後ろ姿。反射的に身構えてしまう。……やつを見ると、卑屈になってしまっていけない。

 石田だった。






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