part.2
僕は図書委員をすることになった。誰一人やりたがらないような地味な委員を選んだつもりだった。おかげかじゃんけんをすることは無かったが、少し読みが外れた。
「私も」
黒板に自分の名前を書いている途中だった。その声は、突然、真横から聞こえてきた。
凜と澄んだ声だった。鈴の音のようだと、そんなことを思った。いきなり至近距離から声をかけられたというのに、不思議と驚きはなかった。ていうか、いつの間に寄ってきたんだ。
ホームルームはいつもと違い、少々騒がしい雰囲気のなか行われていた。クラス委員を同時並行で決めるため、希望が重なるたびに、話し合いやじゃんけんが教室のあちこちで行われていたからだ。
そんなことをすると収拾がつかなくなるところだが、そこは優秀なクラス委員長、石田である。あっという間に全員を振り分けてしまった。特に不満の声も聞こえない。ち、複雑な気分だが、さすがと言わざるを得なかった。
僕は、みんなの様子を見て、誰も希望者のいない図書委員をやることに決めた。無事じゃんけんをすることなく決まり、黒板の「図書委員」と書かれた横に名前を書いていたとき、小宮は声をかけてきた。
「私も、図書委員。名前書いて」
小宮はそれだけ言うと、じっとこちらを見つめる。
小宮とは今年初めて同じクラスになったが、まだほんの数回しか話したことはない。無口なやつなので、話しかけてきたことに驚いた。
すこし太めの眉、形の良い鼻、しっかり閉じられた薄い唇。それらが小さい顔にバランス良く収まっている。特に、目が印象的だ。
細いフレームの眼鏡をかけている。レンズ越しに、黒い目が僕を見つめる。揺らぎのない、まっすぐな視線。とっさのことで僕は目を離せず、引き込まれそうになり、息が止まる。
「どうしたの」
「あ、ああ。名前書いとけばいいんだな」
小宮はそれを聞くと満足そうにして、席へと戻っていった。
うわ、僕、変な顔してなかっただろうか。なにせ、全く無防備な時に、不意打ちみたいに声をかけてくるんだもんな。口が半開きだったり、鼻の穴が開いたりしていたかもしれなかった。そうだったら、かなり恥ずかしい。
木曜日の一時間目は生物の時間である。我らがクラス担任の受け持つ教科でもある。語句を覚えるだけの、つまらん教科だ。
じゃあ、もっと良い点とってみせろよ、覚えるだけなんだろ、と一年のころ谷口にからかわれたことを思い出す。一年の頃から僕は赤点付近をうろうろしており、そう言われれば、ぐうの音も出なかった。
意味もなく暗記するのって、嫌いなんだよなあ。理由があればまだ納得のしようがあるのだが……。
僕は絶え間なく襲い来る眠気の中で、小宮のことを考えていた。これから半年間、同じ委員。かわいい子と、二人で。
いや、変なことを考えるな、僕。そんなのはなんてことはないことだ。
純粋に図書委員がしたかっただけだろう。確かに、と僕は思う。図書委員キャラだな。休み時間にも、本を読んでいたし。無口で眼鏡っ娘かあ……間違いないよな。そうだ、僕が目当てなわけがない。
僕が目当てとか、そういう発想が出てくる時点で、僕の脳みそはやられていると思う。自意識過剰だよ。
ぼーっとしているといつの間にか授業が終わっていた。やばい、これでは去年の二の舞である。あわてて黒板に書かれている分の板書を写していると、先生に呼ばれた。
「図書委員の人は、ちょっと廊下に出てください」
楽できそうな委員だと考えていたのだが、早速仕事があるようだった。まだ写していないのに……勘弁してほしかった。
ドアから廊下に出て、先生のいるところまで小走りで向かう。小宮はもう先生のところに立っていた。いつの間に。
「君たち二人が図書委員だね。小宮さんと――」
先生は名前と顔を一致させるためか、僕たちを交互に見た。まあ僕たちはあまり目立つ方でもないみたいだし、二年になってすぐだから、顔と名前が一致していなくてもしょうがないか……石田ならともかく、とまた卑屈っぽくなってしまった。
「今日の放課後、委員会の会議があるらしいから、この時間に、この場所ね」
手渡されたメモ用紙には「図書委員会 16:30 視聴覚室」と書かれていた。早速、図書委員全体での集まりがあるようだった。
「他の委員会は無いみたいですけど、どうしてですか?」
「うーん、先生もよく分からないの。色々決めなきゃいけないことがあるとかで……」
ためしに聞いてみたが、帰ってきたのは要領を得ない答えだけ。嫌な予感がした。昔からこんな落ち着かない気持ちになるときは、たいてい、「現象」のせいで損をする。じゃんけんに注意。
「それと、君、授業はちゃんと聞かないとだめだよ。ノートもとっていないみたいだったけど」
「う、はい……」
一番後ろだからと高をくくっていたら、バレバレのようだった。このぶんだと、もうばっちり顔と名前は記憶されたことだろう。後で谷口に写させてもらわなきゃな。
先生は次も授業があるのか、足早に去っていった。小宮を横目でちらりと見たあと「誰か気になる子でもいるのかな~」と言いながら。ばれてやがる!
はあ、と横を見ると小宮がいなくなっていて、教室を覗くともう席について本を読んでいる。いつの間に、と思ったら、チャイムが鳴った。先生間に合ったかな……と心配になったが、僕は僕で板書の途中だったことに気づいて、やべっ、と急いで席に戻った。板書はきれいさっぱり消されたあとだった。




