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「……本当にこの距離で構わないんだな」

「さっきの人はもっと近かったじゃん。好きにすれば」

「そうか」


立ち上がって少女の座る椅子の傍へ移動したマースと、変わらず座り続ける少女の距離は人一人分もない。確かに広場での決闘時に比べれば幾分かは離れているが、誤差にも等しいものだ。そのうえ、


「……マース、ちょっと本気だ」

「……本気というほどじゃないさ。使うのもたかが"フレア"だ」


コウに指摘されて少し空気が緩みはしたものの、丸っ切り手加減をするなどという言葉は一切出てこない。マスターが改めて、頼むから加減はしろよと祈る気持ちでスクロールをなぞった、その直後。


「うわっ!?」

「……っ!! "フレア"が詠唱破棄(ゼロアクション)でこの威力か……!?」


結界全体にびりびりと振動が響き渡り、結界の外は未だ結界の中の様子には気が付かない為唯一の傍観者達となっていたマスターとコウは、揃って堪えるようにカウンターテーブルに手をついた。

詠唱。魔法の行使においては、伴う詠唱が完全に近ければ近いほど、繰り出される魔法の質は高くなる。勿論その分時間はかかり、隙も多くなるので、"より短い詠唱"で、"質の高い魔法"を扱えるほど熟練した魔法の使い手である言える。

マースは一言も発さなかった。詠唱をすることなく、初歩の初歩といえる——本来であれば指先程度の炎の玉を出現させる程度の——火の魔法、フレアを膨大な威力をもって発動したのだ。

しかし、


「……」

「満足?」


少女は変わらず座り続けている。嘲るような笑みも携えて。


「…………」


そんな挑発に反応すらせず、マースは思考する。


——こいつは確かに魔法を使わなかった。当然だ。使わせない為に、この距離から詠唱破棄で魔法を使ったのだから。予め結界を張っていた、わけでもないだろう。結界に弾かれた感触がない。強いて言うなら髪飾りに加護魔法の気配を感じるが、これもフレアに反応した様子がない。であるならば、——


「……マース? そんな落ち込まなくても、」

「馬鹿、誰が落ち込むか」


黙りこくったままのマースへ心配げに声をかけるコウに返す声色は、その言葉の通り落ち込んでいるといった様子はない。自身の問いかけには返事がなかったことに不服そうにしていた少女も、改めて問いかける。


「で、納得したわけ」

「そうだな。魔法を使う隙はなかった」

「しかし嬢ちゃんは無傷だ。確かにその理由は気になるな」

「……魔力で打ち消されたんだろう」

「は。……マース。お前さんの魔法が、か?」

「私のも、ライジルのも、だ」

「待て待て待て」


マースの説明にマスターが待ったをかける。


「何だマスター。他に説明が出来るのか」

「出来ん」

「潔いな」

「ライジルの魔力量だけなら納得できるがなあ。マース、さっきのお前さんの魔法がどれだけのもんか自覚していないのか?」

「過大評価が過ぎる。……それに、常に私程度の魔力であれば打ち消せる以上の魔力を垂れ流しにしている、とすれば、それこそ納得できるんだ」

「……あ、呪いの話」


難しそうな顔をしながらも黙って話を聞いていたコウが小さく声をあげる。



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