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「? だから、分かってるじゃん、って」
「何の話だ。……まさか、貴様がどこぞの王族とでも言い張るつもりか」
「そうだけど。長々話してたくせに分かってなかったわけ?」
冷ややかな目つきを見せる少女に、マースは深くため息をつく。
「……良いか。ひとつ、名前を奪う禁呪を行使する相手としては相手が王族レベルでないと割に合わないのは先ほど言った通り。そんな輩がほいほいいてたまるか。ふたつ、万が一貴様がそれに値する存在であったとして、名前を失っている時点で魔法の行使はほぼ不可能だ」
「……」
「以上二点。限りなくあり得ない可能性をどちらも引いているなど、信じられるか」
少女の主張は信じるに値しない、と淡々と一蹴するが、
「魔法は使えないけど」
しかし動じる様子など微塵も見せず、少女もまた反論をする。
「はあ?」
「使ってるとこ見せた覚えもないし」
「……ライジルの炎の玉を弾いただろう」
「? ああ、あれ」
「あの巨体を投げ飛ばしたのも、魔法なしでしてのけたと?」
「そうだけど、……ふーん。それでごにゃごにゃ言ってたんだ」
巨漢に勝利した直後。凡そ少女の生身ひとつでは不可能であろうことについて言及するマースを思い出し、納得したように頷いてみせる。
そして嘲笑と見える笑みを浮かべ、
「あんたもやってみれば?」
淡々と、しかし挑発するような声色で投げかけた。
「……貴様に魔法をぶつけろと?」
「火を無効化したのもあいつを投げたのも、魔法じゃないって言うだけじゃ信じられないんでしょ。なら今ここで、あんたの魔法を無効化すれば黙るよね」
「ほう」
「ちょ、マース……!」
二人の舌戦を間から眺める役に徹していたコウが焦った様子で止めに入る。カウンターの向こうでは、マスターが苦い顔を浮かべていた。
「お前さんら、ここを壊す気か?」
マスターの親指がさす先では、未だカウンターにいる四人と阻まれた冒険者たちが、酒を片手に何やら盛り上がっている。一瞥したマースは小さく息を吐き、
「加減はするさ。ライジルのようなノーコンでもない」
至って冷静な様子で返す。
「待て待てそういう問題じゃ、」
「手加減して後でそれ言い訳にしないでよね」
「……知りたいのは、貴様が魔法を弾くか否かだけだ」
「お前ら…………いやもういいか」
最早この場から移動する、という選択肢が抜け落ちている二人の様子に、マスターは諦めたようにひとつため息をつくと、カウンターの奥の古びた棚から、巻物を取り出した。かさついたそれを広げれば、内側には文字がびっしりと書き込まれている。
「マスター、それは? というか止めなくて良いのか?」
「聞く耳もたんだろ、あいつら。……これはスクロールだ。お前さんも冒険者を始めれば世話になるだろうが、」
スクロールに書かれた一節を指でなぞる。
「魔法無効化」
マスターの声が発せられると同時、キン、と鋭くも感じる空気が辺りに蔓延ったようにコウは感じた。しかし他の者が反応している様子はない。
「今のは……」
「魔法を打ち消す結界を張る魔法だ。結界なんてそんじょそこらの輩が使えるもんじゃないが、スクロールがあればこの通り」
「誰でも使える?」
「使い方さえ知っていればな」
その分高価なんだがなあ、と遠い目をしてみせるマスターに、コウは苦笑を浮かべつつ謝る。
「でも、いつもは喧嘩するなら店から追い出すよな。その為に俺とマースを雇ってくれてたんだし」
「……俺もあの娘には興味がある。魔法を弾いたような力も、ライジルを呆気なくぶん投げた力も、実力としちゃ確かなんだが、冒険者として雇うならその理由は知りたいところだ。それに、」
「それに?」
区切ると、マスターは悪戯げな笑みを浮かべた。
コウを挟んで未だ睨み合うマースと少女を横目で見つつ、ちょいちょいとコウを手招く。
「……」
「え、」
こっそりと耳打ちされた言葉に、コウは一瞬驚いた様子を見せて、
「……俺は大歓迎だけど、」
同じく二人の様子を眺めては、やはり苦笑いを浮かべて小さく呟いた。




