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「え? Aだろ、名前」
「どう考えても偽名だろう」
「ふむ。そうなのか? 嬢ちゃん」
尋ねるマスターに、少女はまた何か言いたげに口を開く。しかし結局音にはならないまま口を閉ざすと、改めて応えた。
「偽名じゃない。本当の名前でもないけど」
「つまり偽名じゃないか」
「は? 偽名じゃないって言ったんだけど聞こえなかった?」
「まあまあまあまあ」
口論を始めようとする二人をマスターがいなすように止める。にらみ合っていた視線を露骨に反対側へ向ける様子にため息をつきながら、再びマスターが問うた。
「明かさない理由があるのか?」
「……ある。それを言えば納得するの?」
「事情によるがな」
「マスター」
「マース、とりあえず話を聞こうよ。な?」
コウに宥められ、咎めるように口を挟んだマースは不服そうな顔を隠さないままに口をつぐむ。その様子に苦笑いを浮かべたマスターは、空気を入れ替えるように一つ手を叩くと、
「よし、いつまでもここで話すのも何だ。酒場に戻ろうじゃないか」
先導するように広場を後にする。無言でついていく少女に続き、コウとマースも酒場へと向かった。
酒場の看板は先に戻っていた観客達の手により勝手にOPENに変えられていた。
しかし新たな客が来店している様子はなく、席についている者も皆残っていた酒をあおっているようだ。室内を一瞥してそれを確認したマスターはカウンターの奥、調理場へと姿を消す。
ざわついた空気は、彼らが少女を目にしたことで更に騒がしくなるが、少女はそれを気にした様子もなく、時折かけられる声にも反応せずに、カウンター席に向かった。若干背丈が足りず、やや勢いをつけて席に座る少女の様子を見届けて、コウはその隣、マースはコウの隣の席につく。
丁度良いタイミングで、マスターがカウンターへと戻ってくる。
「ほれ、今回は奢りだ」
「ほんと? ありがとう、マスター」
「ふむ。珍しく気前が良いな」
「うちのもんがカッとなったせいで勝負するに至ったわけだしな。詫びだ。すまなかったな、嬢ちゃん」
「まあね」
「……お前も喧嘩を買いたがっていたじゃないか」
「売られなかったら買わなかったし」
「まあまあまあ。とりあえずいただこうよ。いただきます」
ヒートアップしそうな2人を制しながら、コウは出された料理に手を合わせる。
りんごジュースに揚げた芋、ソーセージ。簡単なメニューだが、後ろのテーブルからは羨む声があがった。
「親父! 俺たちには何もなしかよ!」
「そーだそーだ、こちとらお陰で大損だ」
「ぼろ儲けしたやつに奢ってもらえ」
外野をいなすと、自身の手元にも白湯の入ったカップを置き、話を聞く体制になる。が、
「呪われてるから」
「……は?」
唐突に、脈絡も前触れもなく落とされた言葉に、思わず怪訝な声をあげてしまう。