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「……」
マースは内心舌を打つ。
魔物の討伐依頼と聞いた時から考えていた。いかに依頼を完遂するかと、いかに依頼を回避するかとを。
魔物の討伐は冒険者に回される依頼でも最もポピュラーで、その中でも相手が低級とされる魔物のコボルトであれば、難易度もかなり低いとされる。
しかしそれでも、ほとんどの場合で戦闘は避けられず、命を落とす危険性はいつだって付き纏う。
コウとマース、それに得体の知れない少女A子。それだけでは心許ない。せめて戦闘経験がもう少し豊富な者の同行でも頼めるようになるまで討伐依頼に手を出す気はなかった。穀潰しになろうが何を言われようが。
しかし、マースに比べ幾分も良心を持つコウが、依頼も受けずに酒場の手伝いだけしているわけにはいかないと考えてるのは察していた。信用するマスターから提示された依頼を受けようとすることも。依頼人から話を聞けば、途中で投げ出すなどしないことも。
「——氷柱!」
詠唱と共に放たれた氷の刃が、迫り来るコボルトの目に突き刺さる。視界を失いふらつくのを、コウの剣が薙ぎ払う。後ろでも鈍い打撃音が聞こえ、
「こいつもハズレ。そっちも違うって」
「……そうか」
依頼を受けた結果としては、案の定、と言ったところだ。簡単に見える討伐依頼が依頼内容そのままに容易に片付くことはあまり無いというのは、店に訪れる冒険者たちの話で聞いている。しかし、それにしても、でもあった。討伐対象であったコボルトを、何体倒しているのか。速度より威力と魔力節約を優先するために詠唱破棄から一相性に切り替えたマースであったが、魔力も有限だ。依頼完遂までに持つかも分からない。
もう一つ予想外であったのは、A子の戦闘力だった。人並み以上の魔力を持っていて、大漢を軽くいなせることは理解していたが、それでも見た目は華奢な少女だ。しかしその辺に落ちているものを得物として使いこなし、魔物にも一切の恐怖も示さずに鋭い蹴りや拳を繰り出して一人で倒している。
「A子、強いね」
「当たり前でしょ。……」
命あっての物種だ。死ぬくらいならば依頼も破棄するつもりであるが、ここは山奥で、手を出した魔物の縄張りでもある。山を降りようとしたとて追って来るだろうし、流石に戦力を持たない一般市民の住む街中に連れて行くわけにもいかない。
いま囲まれている相手だけでも、全滅させる必要がある。現状ならば、油断はならないが無茶では無い。
はずであった。
「A子!?」
「なっ、」
再び地面の足跡を視線で辿っていたA子が、急に走り出した。その背中を何体かのコボルトが追う様子が見えたが、あっという間に木々の向こうに消え去った。未だ周囲の敵意も消えず、マースとコウに追う暇は与えられなかった。
戦力の減少。そして生じた隙に、
「……っ!!」
マースの痩躯が大木に叩きつけられた。
「マース! 、くっ!」
マースの元へ向かうのを阻むように、コウにも魔物が飛びかかる。剣で受け止めるも疲労の蓄積した腕では押し負けてしまいそうで、反撃に転じることができない。
一方、頭と背中を強く打ち付けたマースは、一種呼吸が止まった心地がした。鋭い痛みと朦朧としかけた意識の中で、さした影から追撃を仕掛けられようとしているのを察する。
「……」
氷柱、と紡ごうとした唇が閉ざされる。
「————火炎陣!!」
放たれたのは炎の魔法。コウが剣で受け止めていた魔物と、コウの背後から迫っていた魔物が燃え上がる。
「ぅあ……っ」
その隙が見逃されるはずもなく、コボルトの爪がマースへ突き刺さる。咄嗟に心臓は避けたが、肩口に深々と刺さってそれを抜く手立ても無い。酷い痛みに歪む視界で、
「驟雨!!」
コウの剣が、3体の身体を纏めて切り裂くのが見えた。




