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木々の間を縫い、獣の前に回り込んだA子の身体がふわりと浮き上がる。
「ふんっ」
軽く上半身を捻った体勢から放たれた回し蹴りが、コボルトの頭に直撃する。勢いでジョフが走り去った方向とは逆に向かって毛に覆われた身体が跳ねていった。
昏倒しながらも立ちあがろうとするその魔物を、
「ごめん」
コウの剣が断ち切る。
刹那、威嚇するように吠え出したコボルトの群れがコウに襲い掛かろうと駆け出す。先頭の一体が腕を振りかぶろうとしたところで、身体を火が纏った。
しかし、魔物の動きは止まらない。襲い来るそれにコウが剣を構え直す直前で、ゴスッと重い音が響くと共に、獣の身体が倒れ伏す。
「ありがとう、A子。マースも」
「別に」
「無茶苦茶だな貴様……」
コボルトの傍らには、棍棒のような太い枝が落ちている。A子がぶん投げたそれが、コボルトの頭に直撃したのだった。
枝を拾い上げようと背を向けるA子に、コボルトが襲い掛かろうとして、
「後ろに立たないでくれる」
踵落としが脳天に入った。
倒れるコボルトの頭を踏み台に、残りの1匹にも枝を投げつける。あっさりとやはり頭蓋に直撃したコボルトに、マースの炎がとどめをさす。
突如開始された乱闘は、意外なまでにあっさりと静寂を取り戻す。
「これで4体、少なくともあと2体だな」
「そうだね。暗くなる前に見つけないと」
「……」
「A子?」
構えた剣を下ろすコウと、警戒するようにそっと辺りを見渡すマース。
2人を他所にじっとぬかるんだ地面を見下ろしていたA子が、首を傾げる。
「1体も倒せてない」
「え?」
「追ってきた足跡と全然違うって」
「……分かるのか、そんな違い」
「まあ」
素気なく返すA子に倣い、2人が地面に残る足跡へと視線を落とす。ここに至るまでに見た足跡とは、どうにも見分けがつかなかった。流石にゴブリンや村人のものであろう足跡との区別はつけど、大きさもほぼ変わらないコボルト達のものは、観察スキルを持つような職業でなければ判別が難しい。
「盗賊でもしていたのか」
「私はしてない」
「そうか」
しかしA子が嘘をつく理由も思いつかず、マースも皮肉の応酬は抑える。「私はしてない」という返答も気にはなったが、その確認は後に回すこととした。
1体も倒せていないというのが事実であれば、少なくともあと6体。ゴブリンにも手を出した。コボルトは耳も鼻も良いので、恐らく今倒した4体に気がついているし、同じ群れに所属しているのであれば襲ってくる可能性もある。ゴブリンは群れで暮らせどコボルトほど優れた五感は持たない。距離があれば気が付かない可能性もあるだろうが——
「マース!!」
鋭い声と鈍い音に思考がストップする。
「コウ……!」
「はあっ!」
コウの剣が獣の身体を押し返す。
この短時間で散々目にしたコボルト。鋭い爪と剣がぶつかり合ったのだろう、折れた爪がパラパラと地に降り注ぐが、その身体には今の攻撃では傷をつけられていない。
「すまない」
「怪我はない?」
「問題な、い!」
「っ、!!」
体制を立て直し、すぐさま襲いかかって来るコボルトにマースが火の弾を放つ。影から飛び出してきた別個体の攻撃をコウの剣がギリギリで受け流そうとして、
「ぐぁっ!」
さらに別方向から現れたコボルトの振りかぶった腕が、勢いのままにコウを殴り飛ばした。
「コウ!!」
「、マース、後ろ!」
咄嗟にマースの視線が敵から逸れる。隙を見逃さずに爪を失った個体がマースに飛びかかろうとしたところを、
「邪魔」
マースの傍を駆け抜けたA子が突き出した棒切れが、コボルトの腹にめり込んだ。ゴポ、と嫌な音が獣の喉で鳴るのをひと睨みして、勢いのままに身体を吹き飛ばす。長い体毛に引っかかった棒切れも、滑るように一緒に飛んで行く。
得物を失ったことを気にも留めず、
「ふっ!」
美しい白に包まれた拳が、コウに再び攻撃を仕掛けようとする個体の頬にぶつけられた。
その細腕と軽い吐息からは信じられないような威力が襲い、やはり吹き飛ばされたコボルトの身体は大木に打ち付けられて力尽きる。
しかしまだ、敵の気配は尽きない。
「こいつは6体の内1体みたい」
「最低あと5体かあ……」
「コウ、治癒を」
立ち上がるコウのもとにマースが駆け寄る。咄嗟に内臓を庇った剣を握らぬ左腕の衣服はところどころ切り裂かれ、鮮血に汚されていた。
「大丈夫、傷薬もあるし」
「だが、」
「マースも魔力、余裕ないだろ?」
癒しの魔法を使おうとするマースを制しながら、コウはシャツをぐっと縛った。




