1.名無し少女はふてぶてしい_1
冒険者の集う国、ハルラック。
外から訪れる者、内から旅立つ者と人々の行き来が絶えないその国の大通りの一角に、そこはあった。
使い込まれたテーブル、大小無数の傷を掲げた壁、造りの大きいジョッキに注がれる安物ながらも愛され続けている酒。
ざわつきのやまないこの広くも狭くもない中に入れるだけ人の入った空間は、いかにも一般的な、"大衆向けの"酒場である。
普段であれば、依頼書や依頼人、昨今の魔物事情、金を持つものへの嫉妬めいた愚痴などで占められる話題は、しかし今は大半を、イレギュラーに攫われていた。
他の家具と同様ボロついたカウンターテーブル、その奥に立つのはこの酒場のマスター。客と軽口を叩き合いながらも、ある程度の強者である雰囲気は一切崩さない彼。
その前に立つ少女が、問題であった。
腰まで伸ばされた髪は手入れをされない日がなかったのであろう、淀んだ空気の中で一際輝きを纏っている。身につけた衣服はシンプルながらも、見る者が誰であろうと価値を見出せるだけの良質な品であることが見て取れる。ささくれすら見てとれるカウンターにつくように置かれた両腕を包む長手袋の真っ白さは、あまりにもその家具と不釣り合いだ。
彼女が扉を開いた瞬間、誰もが思った。
貴族か。
貴族がこの酒場を訪れるのは、至極珍しいことには違いないが、ありえないことはない。大小様々な依頼の届くここは、この街の中ではそれなりに名の知れた冒険者も定宿として利用している。そこをご指名でと依頼を持ってくる貴族が、いないことはない。
しかし、10代前半か半ばに差し掛かるかといったところか。そんな年頃の少女が、従者も連れずにたったひとりで訪ねてくるともなれば、それは今までにないことだ。
その上開口一番、
「私を冒険者として登録して」
とも言い出せば、話題を買い占めてしまうのも無理はない話であった。