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厳酷のロザリア  作者: 河崎湊
聖王都防衛戦
6/6

5話:少年と少年

十文字海斗は自分が恵まれている人間だと自覚している。

父親が大手企業本社の部長の為、家庭は当然の如く裕福で子供がやりたいこと、試してみたいことがあれば大抵のことはやらして貰えるし、今ではそれほど行かなくなったが、長期休暇に海外に旅行しに行ったこともあった。

だからなのか、自分はいつからか、この幸せを他人にも分けられないだろうかと考えるようになった。

自分は幸福に生きている。けれど、周りが全員そうだとは限らない。悲しいことに世界にはご飯も食べられずに飢餓で死ぬ人が多い。他にも教育機関がないせいで録に職にもありつけず、一生を青空の下で暮らす人もいる。

ちっぽけな自分では世界の全てを幸せにすることは出来ない。けれど、いま身近にいる人や友人、はたまた目についた困っている人を助けることは出来る。それが例えどんなに難しいことでも、困っている人が笑顔になれるのなら自分は喜んで手を差し出して、その人の力となろう。


「すみません!! すみません!!」


「この駄目奴隷が!! お前なんぞ、こうしてやる!!」


道中を歩いていると、一人の少女が暴行を加えられていた。それを見て許せないと思った。


「やめろ!! そんなことして楽しいか!!」


気がつけば声を掛けていた。

男は息を切らせながら、こちらを睨んでくる。

少年は一つ深呼吸をすると、男を突き飛ばし奴隷の少女に手を差し伸べた。


「大丈夫!! もう安心だ」


                 と。


こうして、十文字海斗は困っている人に今日も手を差し伸べるのだった。





           ※  





「こほん。なにやら騒がしかったが、話を進めるとしようか」


クラスメイトの一人、須藤彰という男子生徒が騒ぎを起こしたことを無視する方向に流そうと、エレオラと名乗る美人な女性はわざとらしく咳払いをした。


「(しかし、スゲエ美人だよな。あの人)」


内緒話の要領で会話のトーンを下げて耳にコソコソと語りかける友人。逢坂昴(おうさかすばる)は、健全な16歳の男子として当たり前のことを呟く。


「(またそんなこと言ってるのかい? 中学卒業したときに振られた傷は癒えてないんじゃなかった?)」


「(バカ野郎!! あんな終わったこといつまでも引き摺って堪るかよ!! いまは新しい恋に胸をときめかせるのが先だ!!)」


幼稚園の頃からの付き合いとはいえ、この友人の潔さというか、変わり身の早さには呆れを通り越して尊敬の念すら覚える。

それはこの友人の長所ではあるのだが、殊恋愛においては、短所なような気がする。


(とはいえ、僕も付き合ったことがないから人のこと言えないと思うけど......)



「さて、君達にはこれから訓練をしてもらう...その前に、こちらの水晶に触れて自らの力の系統を知ってもらうことから始めたい」


エレオラが話している最中に後ろにいた騎士二人が、最前列にいる海斗達の前へ小走りで現れる。

二人の騎士の持つ手には、それぞれ水晶と木箱がある。

水晶は片手では収まりきらない程大きく、騎士の反応からして見た目以上に重そうだ。

水晶を乗せる為なのか、木箱の方もかなり大きく、一般的な成人男性の力では運べなさそうな木箱を運んでいる騎士を不思議そうな顔で眺めながら、エレオラの説明を聞く。


「力。とはどういうことですか?」


クラスメイトの誰かが質問を上げる。

それを聞いてエレオラは何かを誇るように、質問に答える。


「力というのはだな....この"ロザリア"のことだ」


エレオラは右手の甲を自らの顔の位置に上げる。

すると、エレオラの手の甲に"不思議な紋様"が浮かび上がり、彼女は一度指をパチリと鳴らすと彼女を中心として風が吹き荒れた。

余りにもの風に体が吹き飛ばされそうになった海斗は、足腰に力を入れて踏ん張りを効かせる。


「とまあ、こんな感じで.....」


もう一度エレオラがパチリと指を鳴らすと今までの風が嘘のように途端に止む。

そして悪戯を成功させたと、はしゃぐ子供のように無邪気な笑顔で「君達にこれをしてもらうつもりだ....」と言う。

何が起こったのかわからなかった。

呆気に取られ、反応が遅れる。それは他のクラスメイト達も同様で......。


「え.....今のなに!?」


「え、あぁ....うん?....まあ、なんだ......魔法、なのか?」


「スゲエ!! スゲエ!! 魔法だよ!! やべぇ、俺達今からアレやるのか!?」


と、三者三様の反応が起こり、冷静に状況を理解してくると三人目の反応に変わった。

魔法....地球上では有り得ないとされる超常現象。過去から現代まで長らく物語として愛され、誰もが一度は使ってみたいと思ったであろうモノ。

多分、勇者として戦うことに反対していた大人達ですら、今この場において"魔法が使える"ことに多少なりとも興奮しただろう。

当然、海斗も同じである。


「さて、そろそろ先に進めたいのだがよろしいかな?」


エレオラがコホンと一つ咳払いをすると、周りは口を閉じ、聞く姿勢に移行する。


「先程魔法と言っていた者がいたが、厳密には違う。....これは"ロザリア"というものだ」


海斗は?といった感じで首を傾げる。

急に理解が怪しくなった不安感を拭うため、昴や他の人達の様子を伺う。

どうやら、周りも海斗と同じでたった二言の説明で、この力に対する理解は出来ていないらしい。

こういうことが想定出来ていたのか、エレオラは更に詳しく説明していく。


「君たちが言っていた魔法....というか魔術というのは基本的に生まれながらにして才能を持つ者が使う力だ。この"ロザリア"はその対で、才能を持たない者、生まれながらにして超常の力を扱う素質のない者が使う力というわけさ」


更に訳がわからなくなり頭がショートした。

それは周りも同様で、なんとなく想像は出来ていても頭がそれを理解することを拒んでいるような様子だ。

一方でエレオラもここまで説明しても理解されていないことに狼狽えている。周りの騎士達も困り顔で佇んでいた。

海斗がいた地球には魔法という超常は存在しない。

全ての現象や反応は科学という名の法則で説明してしまう。そこに魔術という名のオカルトや宗教に介入の余地はない。

だから、魔法の素質があるないを説明されたところで、根本的な"世界の常識"が違うせいで海斗達には理解が出来ないのだ。

が、そこで......。


「ざっくりと噛み砕いた感想なんですが、"魔術"というのは運動能力の有無で例えると運動能力が有る人が使い、"ロザリア"というのは運動能力が無い人が使う力ということですかね?」


先程騒動を起こした須藤彰が質問を投げる。

海斗や昴、そしてクラスメイト達は一斉に彼に振り向く。

先程の騒動で居心地が悪いと感じたのか、集団の後方に立っており、体調が優れないのか表情が悪い。

病衣でも着ていたら幽霊を自称できそうである。

エレオラは彰の質問に暫し唸っていると.....。


「正確には違うが、例えるなら近いだろうな」


致し方なしとでも言わんばかりに、深い溜め息をつく。


「......なるほど、それなら理解が出来るぜ」


昴の一声がきっかけとなり、思考が停止していた何人かが意識を現実に戻す。

自分達の知る身近な物に例えたことで、ある程度理解が追い付いた周りのクラスメイト達は、「なんでもいいから、早く使わせてくれ!!」とエレオラを急かした。

いい年をした大人達も恥ずかしながら興奮を隠しきれていない。

先程まであんなに悩んでいた彼らがいきなり活気に満ちたものだから、エレオラも呆気に取られる。

それでもどこか嬉しそうに口許を緩ませるエレオラは、部下の騎士に「準備は?」問いかける。騎士は短く「完了しました」と返答すると、エレオラは今度こそ海斗達に向けて......。


「待たせた」


と、仰々しい仕草で設置された水晶と木箱から離れる。

クラスメイト達は水を得た魚の如く水晶の前に群がる。

子供達の後に続くように、大人達も興奮しながら人混みに飛び込んだ。


「はは!! 凄い、この風私が出してるの!? 夢みたい!!」


「うおお!! 掌から火が出てるぞ!! しかも熱くねえ!?」


「夢みたいですなぁ。まさか、子供の頃に夢みた魔法が見れるだけでなく、使えるようになるとは.....」


水晶に触れた人達は、大人も子供も、先生も保護者も生徒も関係なく、皆一様に童心に返って楽しそうに自分の、自分だけの力を使っている。

海斗も早く水晶に触れて力とやらを使ってみたいが、水晶が一人の力を目覚めさせるのに五分ほど掛けているので、中々人混みが収まらない。

人混みの中ずっといるのは少々気が滅入るので、空きはじめてから並びたいところである。

そういう理由で、どういう理由でか同じく人混みに混ざっていない須藤彰を海斗は見つけ、暇潰しがてらに話し掛けてみようと彼に近付いた。




           ※




「やあ」


「......なんだ?」


クラスメイト達が鯉の餌やりのように水晶に群がっている間、彰はこれまでに得た情報を吟味していた。

そこに何を考えているのか、十文字教の教祖こと十文字海斗がコンタクトを取ってきた。


「流石に昨日の今日で仲良くするのは、無理か......」


「..................。」


言ったところでどうしようもないが昨日、王都の観光をするときに組んだグループが、十文字海斗とそのお供と組んでしまったのだ。最初は色々とうまくやれていたのだが、途中聖王国の貴族であるラノマート男爵の嫡男が町中で奴隷に暴行を加える光景を目の当たりにして、それを十文字とお供が助けようとしたのだ。

"色々と理由があって"彰は彼らを引き止めたのだが、結果は失敗。見事ラノマート男爵の嫡男を言葉で撃退し、奴隷達を保護する方向になったのだが、それが終わると、彼らは彰が止めようとした言い分を聞かずそのまま数の暴力で言葉責めにし、反論する暇すら与えない苦痛を強いて一日を王都観光に費やされたのだ。(後程、やりすぎたと十文字含めた全員から謝罪されたが、そんなことなど関係ない)


「昨日のことならもういい。正直話もしたくないわ。

てか、顔も見たくない。あんなことしておいて、よく話し掛けようと思ったもんだな」


四段活用で十文字に拒絶を示す。

しかし、十文字は一向に立ち去ろうとはしない。


「それに関してはすまないと思ってる。いくらなんでも言い過ぎた」


申し訳なさそうに頭を下げるクラスカースト最上位。

彰の気分は晴れない。


「......根本的に謝るところ間違えてないか?」


「え?」


「俺が怒ってるのはそこじゃねえよ。.....俺が"お前ら"のことを蛇渇の如く嫌ってるのは、理由も聞かずに理不尽に"お前が悪い"を押し付けてきたからだ」


彰は自分のことを甘い人間だと思っている。

厳しく接することはできるが、相手を知るごとにその人物が性格的に善人だと分かると、本当に腸から煮えくりかえりそうな程に怒り狂っているのに、こうして相手が謝っているを見ると、何だかんだで許してしまったり、アドバイスしてしまうのだ。


十文字はまだ理解出来ていないような表情をしている。


これくらい判れよ!!と内心思いながら、彼に更に説明していく。


「いいか? 昨日、お前らは俺が止めようとした理由を聞かずに自分達の憶測を押し付けて俺に散々罵詈雑言を浴びせた。......それは悪いことだ。けどな、それは俺が止めようとした理由を聞けば回避できたことなんじゃないのか?」


別に彰は自分を正しい人間だと思ったことはない。

至極当たり前のようにミスをするし、間違った判断を下すことだってある。だから、あのとき彼らが彰の意見を少しでも聞いていて、それでも彰が間違っていると判断したのなら彼らの批難に応じたし、ある程度不満を飲み込むつもりでいたのだ。


だが、彼らは実際にそんなことはしなかった。

圧倒的数による主観的な正義の名の元に、自分達以外の価値観で動くものを悪と断定し、弁明の余地もなく断罪した。

正義を語るのはいい。

他人に優しくするのも悪いことではない。

けれど、その為に自分以外の価値観で動く者を批難し、石を投げる行為は悪と差して変わらない。


だから彰は、この十文字という少年を嫌悪する。


どこまで行っても自己中心的な考えで、思春期にありがちな思考を更に拗らせたような独善。周りも彼をおだてている上に、学校という場所でかなり彼の意見が通りやすくなっている為か、本人の意思の有無に関わらず、取り巻きが彼の幼稚な善意を周りに強いている。

まるで自分達が正しくて偉いのだと言わんばかりに。


十文字は、恐らく無自覚に善意オンリーで動いている。

しかし、取り巻き(大体女子)は十文字に気に入られたい、もしくは十文字に付き合ってる私って凄いというアピール目的で彼をおだてている節がある。


そんなことでしか自分達を特別と言い切れない哀れな存在だが、実際にそんなことの為に我慢を強いられる側としては堪ったものじゃない。


しかも、最近では異世界(こっち)側に来てから、不安を抱える生徒が多くなってきている。

十文字やその取り巻きが彼らに甘い言葉を囁いて、精神的負担を一時的に取っ払っているから十文字に味方する奴らが増えているのだ。


そんな訳で、十文字の幼稚な独善的価値観の押し付けを解決するのはかなり急務だったりする。

だから、蛇渇の如く嫌悪する相手でも今後のことを考えて、心中の不満を乗せながら彼にアドバイスをする。


十文字ははっとした顔をする。


どうやら理解はしたらしい。元々彼は地の頭はいい。

ただ考えなしというか、考えが足りないというか、馬鹿というか、単にそれだけなのだ。


善意で行動を起こす程だから悪い奴じゃない。

寧ろいい奴だし、会話していても楽しい。


だからなのか、彼の幼稚でTPOを弁えずに動く正義感が酷く彰の評価を下げている。

もう少し大人になれ!!とそう思ってしまう。


「いや、あの......その....」


「謝罪はいらない。謝るくらいなら金をくれとはよく言ったもので、俺にとっちゃ謝罪されるより今後の行いに反映される方に意味がある」


ムカついていたので、つい説教じみた言い方になっていたが、言いたいことは言えたのでかなり満足だ。


「はぁ。よくも懲りずに話しかけようとするわね、海斗」


一段落終えると、十文字の後ろから声を掛けてくる女子が一名。


「全くだ。今回のことや昨日のことと言い、普通に考えれば出てきそうな考えがなんで出てこないのか。いや、思い付いても激情型だから実践出来ないのか....」


黒く艶やかなセミロングの髪に、後ろで束ねたポニーテールがピョコンと揺れる。

十文字の背中から現れたのは、水晶玉に佇むエレオラにも引けを取らない美貌の持ち主にして、十文字の幼馴染み、七宮 舞夏(ななみやまいか)

彼女は、その美貌に似合わぬ乱雑な口調で彰の毒吐きを止める。


「アンタもそこまでよ。ムカツクのは分かるけど、言い過ぎよ」


(おつむ)の悪い十文字を諫め、手綱を握る彼女はバサリと一刀両断するかのような切れ味のする圧力を言葉に乗せて放つ。

彰はそれに一瞬たじろぎ、降参するポーズを取ってお冠の七宮に許しを乞う。


「申し訳ありませんでしたー(棒) どうか許してくださいお願いします七宮様ー(棒)」


「おちょくるのもいい加減にしときなさいよ? 怒るわよ、ガチで」


笑みとかそういうの無しでガチのトーンで警告された。

ヤバイ!! と思った彰は、今までの余裕とか威厳とかそういうのを全部かなぐり捨てて、全身全霊をもって彼女に平謝りする。


「申し訳ありませんでした!! すみません!!」


「分かればよろしい」


七宮舞夏は彰達クラスメイトの中でも話しやすい人として有名だ。

ある程度のコミュニケーション能力さえあれば大抵の人とは話を合わせられるし、その容姿とは反する乱雑な口調や素行が親しみやすく、男女問わずに人気なのだ。

彰も彼女のことは気に入っていて、十文字の隣にこそいるが、今まで彼の無自覚の暴走を幾度となく止めていて対応も大人だ。

あの胸糞悪くなる十文字教の人とも上手いことコミュニケーションを取りながら意見を調整する能力、周りを先導していくカリスマは見ていて純粋に尊敬を覚える。

また、ストレートな物言いなので仰々しい言い回しをしないで済むし、無意味に小難しい単語を並べて目的を見失うような会話をすることもないので、話がスムーズに進んでストレスがない。


そんなわけで、十文字教ではない彼女とならある程度本音で話せるのである。


「それにしても須藤......」


「なんですかい、(あね)さん?」


「私を不良を取り仕切きっているスケバンみたいに呼ぶな!! ......じゃなくて!! アンタに聞きたかったのよ」


「何を?」


「アンタ、この世界についてどれだけ情報集められた?」


簡単なことだった。

我らが頼れる姉貴、七宮舞夏はこの世界で得た情報を交換したいらしい。


「どこまでって、言われてもなぁ。正直、ネット小説の大まかな設定がそのまま反映された世界なのと、何故か日本語で喋っても言葉が通じるくらいしか分かってないぞ?」


彰達が異世界(こちら)に来てからまだ三日経っていないのだ。いくら、王都の見学をしたからといってこの世界の情勢から、異世界の侵略者とやらの情報がそうホイホイ手に入るわけではない。


「こっちも同じね。その.....異世界モノ?のネット小説ってのはわからないけど、確か大人達が話していたアレよね?」


「ザッツライト」


この世界に滞在すると決まってから、予定が忙しすぎて中々集まれなかったものの、短い時間でこの世界で生きていく上での話し合いが何度か行われた。

その時に、俺が話した異世界モノのネット小説のことを大人達は公開し、その関連を知ってるオタク達に幅広く意見を聞いたので、彼女もそのことは一応頭に入れている。


話し合いの結論として、大人達は貴族や王族やらに個別で相談という形で情報を得ようと試みる云々の話をしていた。(うまくいっていないが......)

また、子供達は大人からは何も言われず、ただ普通に気兼ねなく暮らしいている。


だから、堀方や濱中のように過ごしているのが話し合いの結果としては正しい行いである。

しかし、彰と七宮、そしてもう一人の男子生徒は、普通に暮らすことなど我慢が出来ず、自ら動いて情報を得ようとしているのだ。


「そういえばさ、話は変わるんだけど......」


なんだろう。

そう思って返答したのが運の尽きだった。


「須藤さ......妙に魔法とかに対して冷静というか、落ち着いてない?」


獲物を見つけた上位存在の如く、目をギラギラさせながら我らの姉貴(ドン)は彰の顔を覗く。


対して天敵を見つけた(ミーアキャット)は、精神的穴に逃げ込もうと顔を背ける。

しかし、極悪な微笑と共に見つめてくる天敵に、彰の精神はドンドン揺さぶられる。


「へえ~? 言えないんだ~? 私が相手でも~?」


なにやら、恋人同士の甘い会話に聞こえなくはないが断じて間違えてはいけない。

これは脅迫であると。

彼女は十文字に次いでクラスの精神的な柱だ。

それは単純に言えば凄いことなのだが、今回に関してはそれが彰を不利にさせている。


例えば。

そう、例えばである。

もし仮に、彼女が「須藤は変態だぞ!!」とクラスメイトの誰かに言えば、それはそれは恐ろしく、噂が独り歩きして発信した本人ですらどうしようもないほどに跳ね上がって、それが後々彰の身に降り掛かってくるのを想像してほしい。


そんなことになれば、彰は一生変態のレッテルを貼られたまま異世界ライフを暗くエンジョイしなければならなくなる。つまりは............


(流石汚い!! 七宮汚い!! アイエェェェェ!!)


彰は思うのである。

自分の周りには堀方や濱中のように、ホ○やら○夢やら自由奔放な奴らが集うためか俺になら素の顔をさらけ出しても構わないみたいな暗黙の了解が出来つつあるのを止めて欲しいと。

これで勘違いした奴等をブレーキ役として押さえるのはいつも彰なのだ。(泣)

しかも、いつもいつも自由に暴れまわってる奴等の監督責任を全部押し付けるのは流石に理不尽だと思うんだ!!

周りがそんな風に暗黙の了解なんか作るから、とうとう七宮まで極悪な笑みを浮かべて脅迫してくるようになっちゃったじゃないか!!


ああ。一体俺の心のオアシスは何処に行ってしまったのだろうか.....。


助けを求めるため、先程からカカシ状態になっている十文字を見るが、幼馴染みの極悪な微笑にドン引きして顔を蒼くしている。


(ああ。 多分こいつの性格の悪さ見るの初めてなんだろうな~。今まで相当ネコかぶ....ゲフンゲフン、この娘の可愛い部分を堪能していたに違いない)


相当ショックだったのか、声を掛けてもフリーズしていて使い物になりそうもない。


あれ、なんでだろう。今までかなりムカついてたのに、こいつに同情してきたぞぉー!!


「あーーもう!! 分かりましたよ!! 言えばいいんでしょ!! 言えば!!」


こうなれば自棄(やけ)だと思い、さらっと地球に関するシークレットでサービスな情報を投げた。


「俺、実は魔法.....てか、魔術の存在知ってたんだよね」


「....................................はい?」


たっぷりと時間を使い、返ってきた反応は呆気なかった。


(あれ? 俺、間違えて何か別のこと言ったのか?)


あまりにもの呆気ない返答に、少しばかり不安を覚えた彰は、もう一度地球の真実を告白する。


「いや、だから。俺、地球で魔術の存在を知ってたの!!」


「............はい?」


「だから!! 地球で!! 魔術の!! 存在を!! 知ってたの!!」


「はい!?」


ギャグかよ!!

さっきから同じ返答しかしてないぞ!!

これはあれだな。理解が出来ないとかそういう類の返答じゃなくて、お前頭大丈夫か?的なアレだ。


「いや、だから!!」


「もういいわよ!! 流石に飽きたわ!!」


ボケ役の芸人よろしく、完璧なオチで閉めてくれた七宮に感謝して、わたくしこと須藤彰は彼女に敬礼をする。


「そのやけにムカツク敬礼をやめなさい!!」


肩でゼェハァと息をして、今度は突っ込み役に磨きをかける七宮。

その様子を見て、そろそろ真面目な話に切り替えようかと思った彰を遮って、フリーズから解除された十文字が言葉を発する。


「えっと、なんだい? 須藤は地球に超常の力があるって言ったのかい?」


理解が追い付かないのではなく、情報の不足。

七宮の混乱も、十文字の疑うような質問も全てはそれが原因だ。

それが分かっていたから、彰は真面目な話をするために幾つかの手順を踏むことにした。


「それを肯定する前に............というか、もうしてるけど、説明する前に言っておくことがある。


まず一つ目。俺は地球に魔術があるのは知っているけど、魔術が使えるわけじゃないこと。なので、証明しろと言われても困ります。


二つ目。これは世界の裏側の話です。知っていたらヤバイこともあります。


三つ目。あくまでも俺は素人。聞きかじりのところもあれば、自分なりの解釈で補足しているところもあるので、うまく説明出来ないこともあります。


以上、これらが呑み込めるのなら話を先に進めます」


茶化すでもなく、おどけるのでもなく、あくまで真剣に二人の顔を見つめる。

そこに一切の笑みはなく、緊張した面持ちで固唾を飲み込む十文字と七宮。

それがなによりの返事だと思った彰は、口を開く。


「さて、ロザリアの継承とやらの暇潰しに話をしますか」



こうして地球の、世界の裏側を知った者が二人。

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