4話:無謀なるお馬鹿
彰達が異世界召喚されたあの日から三日が経った。
地球への返還の叶わなかったあの日は、疲れただろうというウールドの配慮により、一人一部屋の高級ホテルのスイートルームよりも豪華そうな部屋で眠って一日を終えた。
二日目は連盟の外交官やら貴族やらを紹介され、聖王国の城の中を見学したり、特権階級達にお披露目パーティーに招待され、緊張でブルブルと体を震わせながらなんとかやり過ごした。
三日目、幾つかのグループに別れて一日使って王都中を見学した。彰のいたグループは、ちょっとしたトラブルはあったものの、特に怪我人が出るようなことはなく無事に三日目を終えた。
そんな感じでこの三日間勇者としての役割というより、単なる観光に近いことをしていた彰達は、この日初めて訓練を受けることになっていた。
「いやぁ、最初に来たときはどうなることかと思ったけど、なんとかなるもんだねぇ」
「それな。俺知らねえ奴のために戦闘なんか絶対やらねぇ!!って思ってたけど、今じゃやる気満々だし!!」
「おい。お前ら、ネット小説のお決まり知ってるよな? 知っててそれとか馬鹿とか救いようがない馬鹿って名誉が付くぞ?」
太陽も出ていない朝の廊下を歩く男三人は、元気な声を廊下に響かせる。
その中の一人である彰は、両隣を歩く友人二人の会話を聞いて溜め息をつく。
「いやぁ、ねぇ。それは知ってるさ。でも、三日前のあの時と同じで現実と物語はやっぱり違うだろぅ?」
普通の人より顎がかなり飛び出ていて、顔が少しばかり細長いのが特徴的な友人、堀方勇武は欠伸をしながら彰の吐いた毒を軽く流す。
彰は堀方の指摘に一瞬言葉が詰まるが、やはり警戒はしておくに越したことはないと言い返す。
すると、今度は中肉中背とヒョロイの間くらいの体型をしているもう一人の友人、濱中巧愉が会話に交ざってくる。
「確かに油断し過ぎなのかもしれないけどさ、それは安心したいの裏返しみたいなもんだから仕方ないでしょ」
気持ちはわかる。
人間の緊張状態はそう長くは続かないし、ましてや家に帰れるか帰れないかの瀬戸際で役割を全う出来るかという責任も課せられているのなら自然と精神的平穏を求めるのは仕方のないことなのだろう。
けれど、俺達がこれから相手にするのは世界を危機に貶めた異世界の敵とやらと、世界を救うためなら何でもやることを許された政治家達である。
弱音を見せれば優しくしてもらえるかもしれないが、そのあとにデカイ要求をされるかもしれないし、わざと借りを造らせて個人的な理由で異界の勇者の力を借りようとする輩が出てくるかもしれない。
あくまでも彰達は地球にさえ帰れればいいのであって、こちらの世界に何かしらの思い入れがあるわけではない。だから、下手に厄介事に巻き込まれて身重になって帰還出来なくなるより、少しでも問題の種に巻き込まれずに身軽い状態で地球へと帰還した方が良い。
彰はそういう先のことを見据えて話をしていたのだが、どうやら友人達にはそれがただ批判をしているように聞こえたらしい。
「さて、着いたぞ」
この話は終わりとでも言うかのように、二人は話題を変える。
二人の意図を察した彰は、二人の気分を悪化させるのはよしとしないと判断し、思考を切り替える。
「ここが訓練場.....この形状どっかでみたことあるような...」
彰達は訓練場の入口付近で立ち止まる。
異世界というだけあって地球上では見られないような文化があるこの世界だが、この訓練場は比較的地球で見られるような建築様相をしていたのだ。
一言で言い表すのなら、屋根のないドームの形をしていたのである。勿論、コンクリートなんていうものはこの世界にはないため、建物に使われている材料は石材だ。だが、建物の中に入るとロビーのような広い空間があったり、男女別のトイレがあったり、大きな階段を昇ってみると吹き抜けた青空と共に一体何百人座れるのかわからないくらいの観客席があったりとほとんど現代のドームの構造に沿った建物で逆に驚いたくらいである。
「この世界の文化ってなんか混沌だよなぁ。なんか、外国人が日本に来たときに宗教ごった混ぜで驚くのと同じ感覚なのかなぁ、これぇ」
「そのうち混沌が這いよってにゃるらとほてぷしてくるかもしれんな」
(会話になってねえ!! しかも濱中、お前のそれアウトじゃねぇかな!?)
真面目な話をしている堀方が可哀想なので、話を脱線させようとする濱中を捨て置き、彰は話を進める。
「異世界召喚の影響の一つなんだろうな。過去にどんな奴が召喚されたのかわからないけど、一部には自慢したい奴やら祭り上げられたい奴だっていた筈だ。
多分、そういう奴らが主にこの世界の元あった文化を壊していったんだろう」
この世界に来て日本でもよく見られた物や食べ物かなりあったが、これは明確だろう。
この三日間。パーティーや連盟の挨拶なんかで大部分の時間を割かれていた彰は、ゆっくりとこの世界の書物を読んで情報を得る暇はなかったが、見たり、聞いたりに神経を尖らせて注視することで、この世界の文化が異質であることがわかった。
具体的にはコンロや水洗式トイレ、水道、食べ物ならそばやうどんに似たものやジャンクフード全般、調味料は味噌や醤油である。
この世界の文化の基点は地球でいうところの中世ヨーロッパ時代の文化に酷似している。政治体制は王制がほとんどで市民には参政権などなく、税金を払って暮らしているだけだ。
そんな世界の技術レベルで着火式コンロや水洗式トイレなんか作れる筈がない。
異質すぎるのだ。そう、例えば日本のド田舎にポツポツと高層ビルが立っているみたいに。
合わない。
時代を間違えてるもしくは、場所を間違えていると錯覚を覚えるくらいに。
それに、技術発展の観点から見ても明かに不自然だ。
過去の勇者達が残した物を幾らか発展させているようだが、それでも中世ヨーロッパに酷似した町並みから発展していない。普通なら技術革新で発明ラッシュでも起こりそうなものなのに。
なんでこんな異質な文化になっているのか。それを考えてみたが、専門家でもなんでもない単なる普通の高校生の彰では答えは出せなかった。
「皆そこそこ集まってるねぇ」
彰が小難しい顔をしていると、堀方は先程の一言をふーんと頷く程度で返事をする。(堀方としては真面目な話をするつもりはなく、感想を言い合う程度に考えていた。)
話し込む態勢でいた彰は完全肩透かしを食らい、やや不機嫌になる。
「そうだな。少しはしゃいでる気がするね」
不機嫌を隠せずイライラを言葉に込めながら、中央のグラウンドに集まるクラスメイト達を観客席から眺める。
(どいつもこいつも自由だなぁ。もう少し警戒しろよ。ここは異世界だぞ!!お前らの知ってる地球の日本じゃないんだぞ!? 遊び感覚でいたら後ろから刺されるかもしれないんだぞ....)
恐らくこんなことを言ったとして周りは言うことなど聞かないだろう。この三日間、十文字の行った大人達とは別口の子供達による話し合いによってクラスメイト達の不安をが和らぎ、着々と心の拠り所となっているのだから。
(殆ど十文字教と化してるこの状態では、俺は排斥されること間違いなし。ならば、ここは辛抱の時だ。)
胃が重たくなる感触に襲われながら、彰は観客席から立ち上がり、グラウンドへと向かうため階段へと歩き出すのであった。
※
グラウンドに大人達も含めた勇者全員が揃った。
皆で押しくらまんじゅうのように固まる彰達の後ろには、この世界なりの制服のようなものを着た武骨な男達が立っている。
騎士。
この世界の軍事を担当する人達であり、彰達の戦闘教育係りである。二つの役職に別れていて、各砦や町を守る"駐屯騎士"と、王家に忠誠を誓いその身を盾として王族を守る"守護騎士"がある。
今回彰達に訓練をつけてくれるのは守護騎士団だ。
彰はどことなく顔が引きつる。
王族を守る騎士を教育係にするだけで案件のヤバさが伝わってくるものだが、今から気にしていたら負けだろう。
「初めまして異界の勇者達よ。私は守護騎士団副団長にして公爵家の娘エレオラ=マーヴェリンだ。今回の教育係に任命された責任者だ。よろしく頼む」
さらりと腰まで伸びた銀髪の赤いキレイな瞳をした少女はそう言うと、不適な笑み浮かべる。
伸長は170はあるだろうか。まるで人形のようなと言われそうな程小さく整った顔に、華奢な体と同性からみてもそこそこにあるふくよかな胸、スリムで無駄毛一つない美脚は、日本のモデルでも早々お目にかかれない類いの美少女だった。
クラスメイト達は一瞬間を置くと、え!?っと間抜けな声を上げる。そして、青春真っ盛りの男子が発狂し出した。
「やったぜ!! 騎士団なんていうから男だけなのかと思っててたけど、めっちゃな美人だぜ!!」
「エレオラさんか!! ....後で会話出来ないかな!? 好みの男性とか聞けると良いんだけど....」
「"やったぜ" 今まで春の訪れなかった"わし16歳"にやっとやっとこさ..............................
(おい、今誰だ!! ○○○土方言いかけた奴!!)
パンピーのいるこの場であれはマズイと思いながら、キョロキョロ首を振るも、どうやら全部言いきらずに正体すら分からないまま隠れてしまったらしい。
(恥ずかしくて途中で辞めたのか? だとしても今度見つけたら、今回の分含めて制裁せんとな!!)
心の中でそう固く誓おうとした刹那、彰は気が付いてしまった。
そう。
自分の隣に堀方と濱中がいないことに。
彰の知る限り、知り合いの中でアレを知っているのは堀方と濱中の二人だけ。そして、先程まで隣にいた彼らは側にいない。
勿論。友人だからといって常に一緒にいるのは間違っているが、だが彰は決定的とすら言える根拠を持っている。 奴らが彰から離れる時。...それは、必ず奴らが何かイタズラか良からぬことを考えている時だということを。
(奴らは俺の制裁を恐れている!? ....いや違う!!
奴らは邪魔されるのを恐れたに違いない。何を?...決まっている○○○土方を越える何かを成すための何かだ!! では何を考えている!? ......駄目だ、○○勢でもなければ、ホモでもない俺に奴らの常識外の目的を予測することなど不可能!! ならば...ここは!!)
息をすっと吐き心を落ち着かせ、武人の如く構えを取る。ただし、それは無手の構え。即ち自然体!!
奴らは彰から離れたことにより、油断している。恐らくどさくさに紛れて放った○○○土方は、彰の反応を伺う為だろう。ならば、奴らは彰からは見えず、自分達しか判らない位置にいるはず。だが、それさえ読めてしまえばどうということはない!!
あくまでも自然体に見せかけた無手の構えで欺き、奴らが安心してもう一度声を上げるまで耳に神経を集中すればいいだけのこと!!
不敵な笑みを一瞬だけ浮かべ、彰は勝ちを確信する。
下劣で変態で野獣な奴らから無垢なるパンピーを守るため、彰は耳に全力を捧ぐ。
(マズイ!! 喧騒が止みそうだ!?)
そんなこと誰もが別に良くね?と答えることだろう。しかし、違うのだ!!
奴らは彰を避けるために全力を用いた。如何に馬鹿でアホなこととはいえ、彼らは全力を以て彰に正面きって戦いを挑んで来たのだ。ならば、拿捕する彰も全力を持って奴らを捕らえなくては行けないのだ。
なぜそこまでと思う人が大半だろう。なら、こう考えて欲しい。これは探偵と怪盗の関係における拘りに近いものだと。
例えば、怪盗と探偵がお互い形振り構わず、えげつない方法を以て対峙したとしよう。するとどうだろうか、怪盗と探偵は互いに武器を取り出し合い、警察官や軍人の如く機関銃やら爆弾やらを押し付け合い、なんとしてでも目的を遂行することだろう。
それでは美しくない。
物を盗むのに銃ではなく知性を用いることで、ただの強盗犯が怪盗という美しい存在へと変貌し、探偵は同じく知性を以てそれを破るからこそ、そこに面白さが生まれるのだということを。
これはそういう次元の話なのだ。
(くっ!! まだなのか!?)
焦燥の中、彰は奴らの反応を待つ。
しかし、声は上がらない。
時間的には数秒程度だろうが、体感的には二分や三分は待っているように感じられた。
(もう、駄目か.....)
そう思っていると、すっと大きく息を吸い込む音が聞こえた。
彰はフライング気味に、音のした方角へと迷わず駆け抜ける。間違いの可能性もあるが何故だか不安はなかった。視界に二人を捕らえると、彰は長年待ち続けた宿敵と再開するようにニヤリと笑みを浮かべる。そして、両手の掌を目一杯に広げ獲物を捕獲する構えを取る。
二人は逃げ出そうとするが、もう遅い。小幅二歩分の距離まで近付いていた彰は、両手を二人の顔へと突きだし、二人の顔を捕まえる。両手を使い抵抗する二人など気にせず、彼らのこめかみ辺りにめり込んだ指を更に強く食い込ませる。
「ギッ、ギブギブ!? 悪い、悪かったからお願いだからその手退けて下さいお願いします!! なんでもしますから!!」
「ほう? 余裕のなさそうな割りにまだまだ語録を使う余裕はあるのか...」
右手の指の力を更に込めると、堀方の抵抗していた腕はダラリと下がり、彰が手を離すとそのまま地面に倒れる。
「ちょ、ちょっと貴方何なんですか、つ、通報しますよ!! 本当ですよ!?」
濱中の方も堀方と変わらず、同じことをやる。
すると、彼はマァァァァァァ!!と奇声を上げて堀方に覆い被さるように倒れた。
「ふ、また汚れ仕事か....」
ハンカチを取り出して手を拭う仕草をしながら後ろを振り返る。すると、クラスメイト達や大人達、はたまたは教育係の守護騎士達すら彰を一直線に可哀想な人を見る目をしていたのだ。
ゴクリと唾を飲む。
彰は知っている。
この状態で周りにどんな説明をしたところで、変な奴というレッテルは当分消え去らないことを。そして、奴らの倒れ方の一部始終でも見てれば、俺は奴らと同じ変態の仲間入りである。
恐らく、これは回避出来ないことでもあるだろう。
思考を放棄したくなっている最中、後ろからトントンと叩かれる。
嫌な予感がするが、振り返らないわけにもいかない。
彰は先程まで倒れていた二人に対して嫌そうにしながら振り返る。
すると、二人はやけに嬉しそうな顔で....
『『止まるんじゃねぇぞ!!』』
今度こそヤケクソだった。
変な目で見られているのは承知なので、勝手に叫ばせてもらう。
「理不尽だァァァァァァ!!」
作中に登場した堀方と濱中についてですが、彼らは私の友人をモチーフにしたために、あんな汚い存在になりました。
作者はあくまでノーマルな常識人ですので、ご心配なさらずに。