2話:現実との違い
須藤彰は普通の高校生である。
偏差値50~55くらいのちょっとばかし勉強出来る程度の学力しか持っておらず、運動能力が高いにも関わらず部活などで活用しようとも思わない。面倒臭がりな性格をしているし、何か趣味でもあるのかと聞かれても『無理にでも挙げるとしたら、アニメ観賞や読書くらい』と答える極一般的な駄目人間だ。
少しばかり、"特殊なこと"に遭遇するケースはあるが、それを差し引いても他に比べたら平凡と言わざるを得ない人生を送っている。
では、そんな自分がなぜ"異世界召喚"などという、最近のネット小説でありきたりな展開になっているのかと言うと、そこが分からないでいたりする。
(正直、理由がわからいよ!? こんな奴召喚して一体誰が得するって言うのさ!!)
某絶望なあのマスコットが脳裏に浮かび、彰は溜め息をつく。
最近、流行りのネット小説における "異世界モノ"というジャンルには"召喚モノ"と"転生モノ"の二種類がある。
"召喚モノ"とは、主人公が地球で暮らしていて、何の前触れもなく突然異世界へと連れてこられるという、連れてこられた者としても読んでる者からしても端迷惑なところから物語が始まる。
もう一つの"転生モノ"とは、地球で暮らしていた主人公が事故や災害、殺人などで元の世界で死んでしまい、別の世界で生まれたての赤ん坊や、その世界で死にかけた別人の意識に入り込むところから物語が始まる。
どちらも録な始まり方ではなく、物語冒頭で読み進めれる人とブラウザバックしてしまう人とがハッキリと分かれる。
数多ある商業作品を自分なりにクロスオーバーさせてみたとか、二次創作的な部分から発展していった節があるので、商業化以前に作品としての質が低かったり、作者の願望が反映されまくっていて読むに耐えないといった作品も多数存在する。これが、また読む人をさらに選ぶポイントとなり、このジャンルを読む奴、書く奴は陰キャ(根暗な人間を指す言葉)などと揶揄されることもある。
では、なぜ彰はこれを読んでいるのかと言うと、純粋に一つのラノベシリーズを買い揃えようとすると、額がそれなりにするため、学生のお財布には少々厳しいのと、主人公が強すぎる"俺TUEEEE"ややけにモテすぎる"ハーレム"もある程度慣れてしまえば面白い作品がそこそこに眠っているからだ。
そんなことを考えながら、セイリアの後を歩いていると、彼女が口を開く。
「勇者様は随分と落ち着いていられますね」
「え、ええ。そうですね」
セイリアの問いかけに、彰の歯切れが悪くなる。
理由は思考を咄嗟に切り替えることが出来なかったからだ。そのせいか、妙に怪しい返事となってしまう。
(不味いよな....俺って確か誘拐的な状態にあるから混乱とか困惑とか不安みたいな態度してないと怪しいよな.....なのに何故こんなに思考に没頭してるんだ、オカシイだろ)
父親の教育で、非常事態においても冷静に対処するよう言われてきた彰は、非常事態と分かっていてもなるべく冷静になるよう心掛けている。(今のこの常識外れな状況で冷静なのかと言われると、多分冷静というより状況が理解できていないだけな気がするが....)
そんなわけで彰は、今さらになって自分が早々にヘマしてるのに気付いたのであった。
「失礼ですが、須藤様は市井の者だったのですよね?」
「ん、ああ。そうですよ。何の力もない、だたのしがない一般人ですね」
彰がそう答えると、セイリアは言葉を続ける。
「今回の勇者様は皆学識があるようですので、一概には言えませんが、そのお年で大人の方々と同じような言動をされているのは、凄いことなのではないでしょうか?」
召喚した罪の意識からか、そんなどうでもいいことでセイリアは彰を持ち上げてくる。
さして、そんなことに興味のない彰は適当に返事をする。
「その大人の方々ってのは、俺より先に着いたクラスの連中というか、保護者とか先生方のことですよね? まあ、この年で大人の人と同じこと出来る連中は少ないと思いますけど、凄いことかと言われると普通の範疇ではないでしょうか」
正直、周りのクラスメイト相手なら自慢出来るかもしれないが、社会に出ればこんなこと出来て当たり前だろう。
彰の返答に何を思ったのか、口を閉じてしまうセイリア。
思考の読めない相手ほどやりにくい者はいない。
常に此方にバレないようにチラチラと目で様子を伺っては顔を前に向けてを繰り返しているセイリアに、これまでにない警戒心を維持している。
お互いしばらく無言で歩いていると、長い廊下も終わりが近付いて扉が見えた。
「こちらが食堂にございます。会場に入られてから暫くして、主催を連れて参りますので、それまで自由にお寛ぎ頂いて構いません」
「承知しました。上の者に連絡しておきます。」
改めて畏まった言い方をするセイリアに、彰も同じく丁寧語で返答にする。
セイリアが扉に手を掛けて、思いきりよく開ける。
「それでは、ごゆるりと」
セイリアはそう告げると頭を深々と下げ、扉の脇にそっと移動する。
彰は一歩を踏み出す。
本番の始まりである。
※
「スッゲェ~~~...」
扉が大きな音を発ててガタンと閉まる。
しかし、そんなことなどお構い無しに、彰は食堂内を観て歓声を上げた。
清らかで透き通った水晶(?)をふんだんに使った部屋。一歩、また一歩と歩く度に部屋の中を反射する光の色が変わっていき、まるで万華鏡の中にでも入ったような感覚を覚える、そんな幻想的な世界を構築している部屋。
どんなに崇高な硝子職人や高性能なLEDライトを用意したところで、現代科学技術では到底再現出来そうもなさそうな、そんな光景に彰は目を奪われていた。
「いやぁー。これ地球でも再現できるかなぁ...」
流石ファンタジー!! 流石魔法と剣の世界!! などと人知れず感動していると、ふと目の前に人が立ちはだかった。
「大丈夫か? 須藤?」
陸上選手のようなほっそりと、且つ筋肉質な体型をした体育教師の谷口が、彰の前に立ち、顔の前で手をひらひらとさせながら問いかけてくる。
行為だけ見れば余裕に人をおちょくっているようにも見えるが、表情に明かに不安感や焦燥感が滲み出ている。
「谷口先生。....俺は大丈夫です。ここに来るまで少し混乱してましたが、今は冷静です」
知っている人に会ったからか、一気に緊張の解けた彰は、思いきり肩の力を抜いて谷口に返事をする。
その一連の行為を見て安心したと感じた谷口は、素っ気なさそうに彼の肩に手を置き、ポンポンと叩いてくれる。
「そうか、わかった。....にしても、妙に落ち着いてないか? 須藤? それに一部の生徒は不安がるというよりも、なんというか、興奮しているようにも見えるし.....」
安心した彰を見たからなのか、普通に生徒に聞くようなことじゃないことを聞いてくる。
一部のクラスメイトの反応が気になっている谷口は、首を傾げながら聞く。
彼らがそうなっている理由が大体分かるから恨めしい。自分も彼らと同じ口で冷静になれている節があるので、話さない訳には行くまいだろう。
普段ならこんなこと言っても馬鹿にされるだろうが、この状況で無視されるわけないだろうと判断し、彰は谷口にネット小説の"異世界モノ"のことを教えた。
「....よくは分からないが、とにかくお前の言うネット小説の異世界なんちゃらとやらが実際に起こって、興奮状態にあるということなのか?」
恐らくラノベというジャンルすら知らないであろう谷口は、相当困惑しながら彰の説明を自分なりの理解で反芻した。
「まあ、そんなところです。それと、これから行われる説明とやらをあまり鵜呑みにしないのと、他の生徒が暴走しないよう気を付けて下さい。それから...... 」
こういう事が起きたら、一番対処に役立ちそうな奴らが働いていないことに些か不平と不満を感じながら、目上の人間に注意事項を述べていく。
普段の彰なら恐れ多くてやらないその行為を、内心ビクビクしながら義務をこなしていく。
「す、少し待て!! 須藤、お前の言うことはわかったから、少し待とう!!」
彰は首を傾げると、谷口はジェスチャーで彰を諌めるように促す。
「一先ず、俺だけが聴いても駄目だ。他にも保護者の方々や先生方にも聞いてもらって、お前だけじゃなく、他の生徒からもそういった情報を整理しないと....」
「....そうでした。すみません、先走ってしまって」
なんだなんだと思い、谷口の制止に?マークを浮かべる彰。
谷口に色々とすべきことに対して教えられ、やっと気付かされる。どうやら気持ちが先走って早く大人に知らせないと、という思考に囚われていたようで、回周りの事が見えていなかったらしい。
「大丈夫。気持ちは伝わってるから。教えてくれて有り難うな」
(やっぱり大人は違うなぁ....。俺なんか冷静に努めるだなんだの言ってるけど、やっぱり実際の社会人とは違う。なんというか、俺のは努めてるだけで、あの人達は自然体なんだよなぁ)
異世界モノにおいて、大人という存在は物凄くヘタレな役に置かれ、子供の方が活躍するのがほとんどである。恐らく、多くのしがらみを持っているから自由に行動が起こせないだの、大人になれば嫌なことが多いなどといったことが関係しているのかもしれない。
けれど、彰は多くの嫌なことやしがらみを持っていながら、仕事という形で自分の足で立ちながら、誰かを支えている彼らを尊敬していたりする。
谷口が一旦離れ、他の教員や大人達が集まっている細長のテーブルに話をしに行く。
子供達は大人とは少し離れた場所に固まっており、そこで無口で席に座っている。
テーブルには地球では見たことのない豪華そうな料理を並べてられているにも関わらず、誰一人としてそれを口につけていないようだ。2次元オタク組も浮かれてはいるようだが、何かを口に運んだ形跡は見られなかった。
(....そりゃそうだよな)
彰はなんとも言えない表情になる。
いきなりよく分からない場所に連れてこられて、説明を聞いても現実には有り得ないことを教えられ、勇者なんぞと呼ばれて不安にならない方がおかしいよな。
現実と小説はやはり違う。
そう胸にしかと刻みながら、彰は意識を切り替える。
谷口が他の大人達を連れてきたのだ。
「須藤君だったね? 私は校長の鈴裏です」
恐らく還暦は迎えているであろう白髪を生やした老人は、これが老人?とでも言いたいほど背筋がキリッと伸びていて、声にもまだまだ若々しさがある。
そんな人が彰を見ると、笑顔で彰の両肩に手を置き、谷口と同じようにポンポンと優しく叩いてくれた。
「一先ず、何事もなく無事でいてくれてありがとう。それと、谷口先生から色々と伺いました。君の話をもう一度聞かせてはもらえませんか?」
優しげな笑みと柔らかな物言いで鈴裏は彰に尋ねる。
校長の後ろには保護者の大人十四~十五名程おり、更には谷口を含めた教員三名が立っていた。
彰は何となく不穏な雰囲気を察しながら彼らにもう一度異世界モノのネット小説の話をする。
「う~ん、やはり信じられませんね。...なにせ、物語のことですし...それがそのままになるとは思えません」
鈴裏と同じくらいの年だろうか。恐らくこの学校の教頭職に就いている人だったと思うが、名前が思い出せない。
彰の注意に対して高齢の女性は、いくらか嘲笑というか、雰囲気で馬鹿にしながら彰を見てくる。
周りの保護者も反応に困ったように、苦笑をうかべている。
分かってはいたことだが、日本におけるアニメや漫画などのサブカルチャーは一般的に認められつつあるものではある。が、やはりどこか馬鹿にされる風潮は残っている。しかも、今回は現実に起こったことに対して、注意を促すのに参考にしたのがネット小説だ。
悔しいが、馬鹿にされても仕方ない。と思いながら、彰は彼らの嘲笑を受け入れる。
「......そうですか? 私はそうは思いませんけれど?」
ほぼほぼ諦めていた時、鈴裏がやんわりと否定をいれる。
「サブカルチャーとはいえ、それを製作しているのは我々人間です。我々が製作しているということは、その場面におけるキャラクターの信条や心理、状況は我々が共感しやすいように描かれています。
誰にでも共感しやすい、ということはそのキャラクターが出す答えは、我々が天から見る情報を何も知らずに出す一般的な解答と同じとは言えないでしょうか? だとしたら、そのキャラクター達の出した行動を参考にし、対策を練ることは充分に可能だと私は考えています」
保護者を含めた大人達は驚いた顔をしていた。
まさか、学校における最高責任につく教育者がサブカルチャーを肯定するとは思わなかったのだろう。
勿論、発端の彰ですら驚いていた。
しかし、刹那の時間で思考を戻した女性教頭は鈴裏の意見が気に入らないのか、彼に食って掛かる。
「しかし、物語と現実は違います!! 状況も違ければ取れる対策も変わります!!」
「ですから、参考にすると申し上げました。確かに物語における状況と我々の状況は違います。しかし、完全に異なるわけではありません。
酷似している部分を参考にして、あとは我々が状況を組み立て、そこから対策を練るのですよ」
それでも鈴裏はやはり柔らかな物言いで、教頭に教育者としての癖からか一からちゃんと説明していき、続けて............。
「説明とは言っておりましたが、あそこにいる方々は我々をどうするかはわかりまんが、勇者という単語を聞く限り録なことを言わないでしょう。その時、我々大人が対応できない部分で責め込まれてしまえば、生徒達がどうなるのかわかったものじゃありません」
私は、認めたくないという感情だけで生徒達を見捨てたくはありません。
鈴裏がそう締め括ると大人達は複雑そうな顔をして、暫く黙っていた。
すると、大人達は隣にいる人を互いに見やり、なにか決めたように頷きあうと、彼らは今後のことについて話合う。
その光景にしばし驚いていると、鈴裏が隣に立って......。
「須藤君も、参加してくれませんか?」
「えと...いいんですかね? あと、参加するにしても他の奴らは参加させなくてもいいんですか?」
頬を掻きながら鈴裏に聞き返すと、彼は軽く首を横に振り......。
「今回は大人達でなんとかするつもりです。生徒達は混乱していますし、不安になっている。録に話が進まなくなるでしょうし、最初から関わってて落ち着いてる君以外は参加させるつもりはないです。
失敗したとしても構いません、的外れな意見でもいいです。兎に角参加してみてはどうですか? 君だけに与えられた今回限りの特別授業のようなものですよ」
ニコリと微笑みながら、教育者の物言いで鈴裏は彰をけしかける。
その言葉の中に、責任は私が持つと言っているのを彰は理解していた。
最初は一瞬大人の仲間入りかと勘違いしかけたが、鈴裏にとって彰はちょっとしたお気に入りの生徒ぐらいなのだろう。
「....わかりました。参加します」
敵わないな。
そう思いながら、精々本気で向かって駄目だし食らってくるかという気概で大人達の話し合いに参加する。
周りの大人達は迷惑そう、というか驚いたような顔をしたが、明らかに除け者にするようなことはなく、ちゃんと話を聞き、意見をしてくれた。
(やりづらいことがあったとしても、ちゃんと客観的意見を貰えるのか....ありがたいな)
プライベートで嫌なことがあったとしても、仕事などの真面目な部分ではちゃんと客観的意見が貰える。それって自己視点だと嫌な奴にみえるけど、自分の駄目なところを態々指摘してくれるのだから、改めて考えてみると、有りがたいことだ。
ほんとに嫌な奴は多分なにも言わずに無視されて、そのままにされてしまうことだと思う。だってそれって自分のどこが悪いのか分からず、間違いの出来ない決定的なところでミスしてしまうかもしれないのだから。
こうして彰は、他のクラスメイトより少しだけ早く大人達の期間限定の仲間入りを果たしたのであった。
話のテンポが遅い...けれど、これ抜かしたら後々の展開に響きそう