プロローグ
初投稿作品です。
銀髪のさらりとした背中まで伸びている髪に、端整な顔立ちをした少女、エレオラ=マーヴェリンが王城の通路をカツカツと靴を鳴らしながら足早に歩いていく。本来ならば大貴族がそのようなことをするのはみっともないのだが、彼女のスラリとした身長と軍人としてのキリっとした動きが随分と様になっているため、彼女に注意を促す者はいない。
彼女が現在向かっている場所は王族。第二王女、アリア=ルートディスガの私室。
公爵家の娘であるエレオラが幼少の頃からアリアと友人として付き合っていることは周知である。
だから、というわけではないが、エレオラがアリアの私室へ赴くことに周りは気にしない。友人であるのだから、頻繁に王女の私室に赴いたとしても問題ないと考えられているのだ。(彼女らに気のある若い男性貴族は頻繁に彼女らが会っていることに浮かれて、彼女らがどんな話をしているのか気にしていたりする。)
今までお気楽な噂に自分を色々と誤解されてきたエレオラだが、そういった誤解を解かずに過ごしてきて良かったと今この時だけ感じる。
彼女は友人の私室の前にたどり着くと、一つ深呼吸して部屋の扉を乱暴に開ける。
「アリア!!....あれは一体どういうことだ!!....あんな話聞いてないぞ!!」
扉の向こうで、優雅に紅茶を飲んでいた少女の肩がビクリと震える。しかし、それは一瞬で、あたかもなかった事のような振る舞いをする。
服の裾を正すと、少女は笑みを浮かべながらエレオラを迎えた。
「あ、あらエレオラ。なにかしら? 急にこちらに来ないでくれる? こちらにだって準備というものがあるのよ?」
友人の平然とした口調に何を思ったのか、肩をプルプルと震わせるエレオラ。
最後の警告だと言わんばかりに、エレオラは礼儀として友人にもう一度だけ問いかける。
「アリア、もう一度だけ聞く。アレはどういうことだ?」
比喩ではなく、どす黒いオーラを撒き散らすエレオラ。流石に身の危険を感じたのか、アリアは顔色に焦りを浮かべながら即座に弁明を始めた。
「あ、あのねエレオラ!? 私も努力はしたのよ!? けれどね、フラウお兄さまがカッチャリー伯爵を懐柔して反対派の勢力を裏から管理していたのは想定外だったのよ!! だ、だからね、許しておねがい☆」
これが日本なら、アンタはどこのポンコツヒロインだよとでも突っ込まれそうなポーズを取るアリア。
ペロリと舌を出して、片方の手を腰に、もう片方の手はピースサインを横にしたような、王族の子女にあるまじき行為。
しかし、そんな事などお構い無く友人の態度に自分の体のどこかがブチリと切れた感覚がしたエレオラは......。
「ちょ、ちょっと待って!! エレオラ!? わ、私は王女なのよ!? さ、流石に王族に手を出すのは不敬罪とか反逆罪とかそういッ~~~!?」
「ほう?どの口が言うのか~?この口か~?それとも、この足りない頭か!!」
容赦なくアリアの唇を掴むと、ムニムニと弄ったり、頬をつねったり、頭をグリグリしたりと絶世の美女にして才女と謳われる第二王女も、単なる友人の前では形無しであった。
※
「全く、私はお前に嵌められたのかと思ったぞ....」
アリアを一通り『おしおき』して気がすんだのか、エレオラは椅子に腰掛け、溜め息を吐く。
「悪かったと思ってはいるわよ....あんなことして、フラウ兄様のイジワル!!」
エレオラが怒っていたのは、つい先ほど行われた会議『異世界召喚の決行か否か』の最終確認にあった。
エレオラとアリアは反対派に加担していたのだが、先程アリアが述べたように第一王子フラウの策謀によって、反対派の要であるカッチャリー伯爵が寝返り、反対派の意見を尽く捩じ伏せられてしまったのだ。
「一体どんな手を使ったのかはわからんが、やはりお前の兄は手強いな」
貴族の子女らしからぬ言葉使いでエレオラは苦虫を噛み潰したかのような顔する。
「ええ。責めて、私が会議に参加出来てれば苦肉ではあるでしょうけど、あそこまでスムーズにやられてしまうこともなかったでしょうね....」
エレオラにつられてアリアも、気分が落ち込む。
エレオラはそんな友人を見て、軽々しくやられてしまった情けない自分と、この国に怒りを覚える。
この国では、王族の女は政に関わることが出来ない。
過去に早くして国王が亡くなり、息子が幼いのを理由に自由勝手に国を動かして混乱に貶めた人物がいたからなのだそうだが、それと今は違うことだ。
当時の女性は勉学に勤しむことを許されず、それ故に適切な統治が出来なかっただけであり、現在の体制とは全くといって異なる。
まだまだ少ないが、女性が貴族社会に進出しているし、統治を任されるような爵位に着く人もいる。
いま目の前にいる友人は貴族社会進出どころか、王位に着くだけの器を持っているというのに、過去や伝統などといった、ただ古いだけの利益すら生まないような物事ばかりに気が向く耄碌共のせいで、この国の利益が損なわれようとしているのだ。
「まあ、決まってしまったことをグチグチとしていても良いことはないのよ。そんなことをしている暇があるのなら、これからの事を考えるとしましょう」
「しかし、そうは言っても今から決議を覆すのは無茶ではないか?」
アリアはエレオラの発言にキョトンと首を傾げる。
「エレオラ、私は"これから"の話をしているのよ?」
その発言に違和感を覚えたエレオラは、もう一度自分の発言を正しく言い直す。
「だから、決まってしまった決議を覆すために"これから"の事を決めるのではないのか?」
それを聞いたアリアは、王族の娘として教育された仕草でもって、綺麗な溜め息をする。
「いいえ、エレオラ。私は異世界召喚を終えた際の"これから"を決めようと思っています」
エレオラはアリアの発言に眉を潜める。
彼女らが反対派に加わった理由、それは異世界人にも生活があって常に日々を送っていること。それと、ホントに世界の危機であるなら兎も角、同盟を組んでおきながら各国で腹の探りあいをしている状態で異世界から人を召喚すると言い出したのが気に食わないからだ。
だから、今のアリアの発言はエレオラ達が散々否定してきたのを肯定するものではないのかと思ったのだ。
「私も召喚することに納得は出来ていませんよ。けれど、このまま抵抗を続けたところで流れは変わりませんし、下手をすると国家反逆罪で私達が殺されます。この際、それを置いとくとしても異世界召喚を行う理由の一端に彼らを自らの理由で都合良く利用しようとする輩が後押ししている面もあるんです。....ですから、どうせ命を掛けるのなら何も出来ずに暗殺されるより、異世界人の彼らを守ることで私は命を掛けたいと思い、判断を下しました」
彼女の言葉が終わると、しばらく目を閉じながら彼女の言葉をエレオラは深く吟味する。
そんな彼女を見てアリアはほんの一瞬だけ口元を弛ませると、真剣な口調で再び口を開こうとした。
しかし......。
「わかった。私もそれに協力させてくれ」
エレオラはアリアに真っ直ぐな瞳を向けて彼女を見つめる。
「よいのですか?」
確認は不要だとなんとなくわかってはいるが、聞き返さずにはいられなかったのかもしれない。
「くどいぞ。私なりに考えた結果だから気にするな。召喚は確かに気に食わんが、それを阻止しようとしたところでどうなるかは目に見えている。
なら、お前の策に乗った方がまだ良いと、そう判断しただけだ」
「......分かりました。エレオラが手伝ってくれるなら安心です。他の人なら裏切りを考慮にいれて動かないといけませんから、友人というものはいいものです。安心して任せることができます」
ここ一番の笑みと共にアリアがそう言うと、エレオラは少し照れながら、当然だと胸を張る。
彼女達に異世界から来る誰かを守る理由はない。
当然だ。だって、知らないのだから。今どんな風に過ごしていようが、何を思っていようが、自分達には一切関係ないのだから。
だけど、自分達がその誰かの境遇になった時、 それを考えると彼女達は、何とも言えない気分になったのだ。
今後呼ばれる誰かはその世界に大切な生活があり、日々を笑い、喜び、悲しみ、苦しみ、もがきながら生きている。それを唐突に奪われ、自らに関係のない場所で剣や盾を持って戦えなどと言われたら何を思うだろうか......。自分だったら、嫌だと言うだろう。
だから、召喚に反対していたのだが、ここまで来てしまってはもうどうすることも出来ない。
ならば、今後呼ばれる筈の誰かがここに来ても困らないようにし、彼らが喚ばれた理由を達成する手助けと彼らを利用しようとする輩から守る環境を整えるべきだ。
そう胸に思いを秘める二人。
そして、その準備を始める前に、お互い冷えた紅茶を口に付けながら、目の前の友人と少しだけ一時の安寧を過ごそうと思った二人は、後は静かに窓に差し込む夕日を眺めるのであった。
面白くなるように頑張ります!