①カブトのねがい
武 頼庵様による『街中に降る幻想の雪』企画参加作品です。
森を切り開いた小高い場所に、教会の白い屋根が見えます。そこからは、朝な夕なに鐘の音が、風にのってふもとの町までひびきわたるのでした。
その鐘の音色を聞きながら、ハトのクックは、今朝もなじみの公園で羽を休めていました。
朝の公園は、ひとかげも少なく、しずかな空気に包まれています。
(さてと……腹ごしらえでもしようかね)
クックが、樫の木の下までやってきたときでした。
カサ、カサッ。
木の根もとにある落ち葉のふきだまりが、風もないのに音をたてています。
「な、なんだい? 何かいるのかい?」
クックがじっと目をこらしているといきなり、ふきだまりの中から真っ黒な角が一本、にょっきりと出てきたではありませんか。
「くふふ。クックおばさん、おひさしぶり」
なつかしいその声を聞いたとたん、クックは、はじけるようにさけびました。
「あっ! カブト、カブトじゃないか!」
それはこの夏、クックと仲よしだったカブトムシ。何にでも興味しんしんのカブトに、クックはしょっちゅう質問ぜめにあったものでした。けれども夏が終わりに近づいたころ、カブトは、ぱったりとすがたを見せなくなりました。きっと森へ帰って命を終えたのにちがいないと、ずっとさびしさをこらえていたクックだったのです。
「信じられないねえ。こんな時期にまた、おまえさんと出会えるなんて……」
「くふっ。ボクもうれしいよ。またクックおばさんに会えて」
カブトは、うれしそうに角を持ち上げ、そして、とつぜん思いがけないことを口にしたのでした。
「クックおばさん、ボクねえ、雪を見るつもりなんだ」
「なんだって?」
クックの見開いた目が、まん丸くなりました。
「そうだよ。ボク、約束したんだ。仲間たちと。がんばって冬まで生きて、雪がどんなものか見てくるよって」
「カブト、おまえさん、本気なのかい?」
「もちろんだよ。ほら、おばさん、前に話してくれたじゃない? 雪っていうものは、そりゃあ、そりゃあ、きれいなんだよって。だから、ボク、ぜったいこの目でたしかめたいんだ」
きらきらとかがやくカブトの瞳から、クックは思わず目をそらしたのでした。
(あたしとしたことが……この子の前でよけいなことをしゃべってしまったねえ……)
まもなく冬がやってきます。冷たい木枯らしにさらされる前に、ほとんどの虫たちは命を終えていくのです。この寒さの中で過ごすことは、夏の虫にとってはどれほどつらいことでしょうか。
(だけど……)
クックは、思いなおしたように顔を上げ、じっとカブトを見つめました。
(ここまで生きることができたんだ。もしかしたら、雪を見られるかもしれないよ。この子の命の力を信じよう。そしていっしょにねがいをかなえてやろうじゃないか)
クックはカブトのそばにいくと、羽で包み込むようにだきしめていいました。
「カブト。だいじょうぶさ。あたしがついてる。いっしょに雪を見ようね」
「うん。ボク、とっても楽しみだなあ」
その日が待ち遠しくてならないように、カブトはうっとりと空を見上げるのでした。




