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裏(´ω`)

「あーもう、たまんないわっ!」


 イスパーンの街にある大衆食堂〈 愚者の夢 〉亭で、今日もチェリッシュの恨みがましい声が響き渡る。


「どうしたんですか、チェリッシュさん」

「ネーブルちゃん、ちょっと聞いてよぉ〜」


 心配したウエイトレスの少女ネーブルが声をかけると、すでに酒が入って顔が赤いチェリッシュが彼女に絡み始める。


「この前ね、フォア会長に頼まれて受けた仕事があったのよ。自分のとこで働いている女の子の恋の悩みを解決してあげて欲しいってね」

「フォア会長から直々ですか、それは断れないですね」

「そうなのよ。でも報酬も良かったから気合い入れて対応したんだけどさ」


 ツンツンと目の前の皿のソーセージをフォークでつつきながら、チェリッシュは「はぁ」と大きなため息を吐く。


「……もしかして、上手くいかなかったんですか?」

「私を誰だと思ってるの? 恋愛魔術師チェリッシュ様よ、上手くいったに決まってるじゃない」

「じゃあなんで落ち込んでるんです?」

「……ちょっとね、上手くいきすぎちゃったのよ」


 チェリッシュは暗い顔のまま目の前の席をトントンと指で指し示す。ここに座れと言っているのだ。

 普段だったら多忙を理由に断るのだが、今日はあいにく客のピークは過ぎていたので断れそうもない。姉の友人でもあるので、ネーブルは渋々前の席に座る。


「えーっと、なにをやり過ぎちゃったんですか?」

「まず今回の依頼人──16歳の女の子なんだけど、その子の幼なじみがこの街で冒険者になろうとしてて、心配して仕事が手につかなくなっちゃったのが発端でね」

「あー、冒険者。若い子は夢見ますよねぇ、バレンシアお姉ちゃんも憧れてましたし」

「10歳のあんたが若い子って言うのもなんだか妙な感じね。でもさ、冒険者になるっても、あんたのお姉さんみたいに筋肉マニアだったらいいんだけど、普通の子だったらすぐ死んじゃうわよ」


 ──だから心配だったんでしょうね、仕事が手につかないほどに。


 そう呟くチェリッシュの杯が空になっていたので、ネーブルはおかわりのエールを取りに行く。

 帰り際、父親にポンっと肩を叩かれる。恐らく「がんばって相手しろ」という意味であろうとネーブルは理解する。


「お代わりありがとー、やっぱネーブルちゃんは気がきくわねぇ。あなたみたいな妹が欲しかったわぁ」

「ボソッ……(大変な姉は一人で間に合ってますよ)」

「なんか言った? まぁいいわ、さっきの話の続きなんだけど──その子の悩みを聞いて、私は一計を案じたわけよ」

「どんな案ですか?」

「冒険者が大変だーってことを幼なじみくんに理解させて、冒険者になるのを諦めさせようとしたわけ」


 チェリッシュさんにしては案外まともな作戦だとネーブルは思ったものの、賢い彼女はそのことを決して口にしない。


「具体的にはどうしようとしたんです?」

「まず冒険者育成協会に掛け合って、幼なじみの″お試し冒険″の″導き手″役になったわ」

「……よくなれましたね」

「そりゃ、あそことは持ちつ持たれつだからね。私もたまに依頼出すしさ。そんでもって適当にでっち上げたエンゲージ草の採取の依頼をすることにしたの」

「エンゲージ草の採取! そんな高難易度の依頼を新人にやらせたんですか? ふつうに依頼したら5万エルくらいはしますよね」

「そこはほら、私がついてるから大丈夫よ。ちゃんと仕込みもしておいたしね」


 ゴクゴク。気持ち良さそうにエールをあおるチェリッシュ。その姿はまるで呑んだくれのおっさんのようで、せっかくの美人が台無しだとネーブルは思う。


「そんで、採取して日が沈んだところで、とっておきのに登場してもらったのよ」

「とっておき?」

「うん、オーナーのペットのグレイスちゃんに出てきてもらったわけ」

「……えっ? それってもしかして、【 草食竜グラスドラゴン 】のグレイスですか? たしかティーナさんが餌付けしたら懐いちゃったとかいう」

「そうそう。最近は私が餌をあげてるから、ちゃんと色々言うこと聞くようになってね。ただ、私を見つけると甘えて擦り寄ってくるから泥だらけになって大変なのよ」


 いくら草食とはいえ、高さ3メートルを超える竜が擦り寄ってくるのだから、なにも知らない人からしたら怖くて仕方ないだろう。自分だったら絶対世話できないなとネーブルは思う。


「それで、竜にビビった幼なじみくんをダッシュで街に帰らせて、あらかじめ入り口に魔法薬ポーションを持たせた女の子を待たせといて──あとは簡単ね。二人は感極まって抱き合ってたわ」

「えーっと、チェリッシュさんはどうやって帰ってきたんですか?」

「これはナイショなんだけどね、オーナーがグレイスちゃんの餌付け用に造った秘密の扉があって、そこを通れば一瞬でこの街に飛んで来れるのよ」

「ひどい……男の子には走らせといて、自分は楽々帰還したんですか」

「二人が盛り上がるための演出よ、仕方ないじゃない」


 全く悪びれる様子もなくそう言い切ったチェリッシュであったが、直後に急に顔色が悪くなる。


「──でも、だったら上手くいったんですよね? いったい何が問題だったんです? たしか上手くいき過ぎて失敗したと」

「そうなのよ〜。その後、女の子が仕事を辞めちゃってね、そのまま幼なじみと一緒に生まれ故郷の村に戻っちゃったのよ」

「……それのどこが問題なんですか? 上手くいってるじゃないですか」

「フォア会長の依頼はね、女の子の悩みを解決して仕事に集中できるようにして欲しいってものだったの。だから──」

「あー、なるほど。辞めちゃったら台無しですね」


 ネーブルにそう言われて、チェリッシュはがっくりと肩を落とす。


「おかげでフォア会長からは報酬を半分に減らされるし、冒険者育成協会には変な借り作っちゃったし、なんだかんだで赤字だわ〜」


 ──ったく、リア充なんて他人に迷惑かけずにさっさと自分たちで問題解決すればいいのよ!


 エールのジョッキをテーブルに叩きつけながら悪態を吐くチェリッシュ。もはや愚痴が完全な逆恨みに変わってきたところで、ネーブルは退散しどきだと判断する。


(あーあ、チェリッシュさんも酒癖が悪いのが治ればもっとモテそうなんだけどなぁ。騎士団の副団長とかチェリッシュさんの見た目は好みだって言ってたし)


 だけど年齢の割に賢い彼女は、やはりそのことを口にしない。代わりにネーブルは、ふと思ったことをチェリッシュに質問をする。


「そういえばチェリッシュさんはなんで冒険者をやらないんですか? それなりの腕前なんですよね?」


 その問いに、チェリッシュは酒に染まった赤い目でこう返す。


「だってさ、冒険者ってお風呂に入れないのよ! そんな生活、私には耐えられないわ!」


(そんな理由かいな!)

 とネーブルは思ったものの、やはり口にすることなく、そそくさとその場を後にしたのだった。


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