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 翌日、チェリッシュのもとを訪れたのは、ふわふわの綿菓子のような髪の毛にくりくりお目目の愛らしい少女だった。


「は、初めまして……リサ・ステップフィールドと言います。フォア会長に言われて来ました」

「魔法屋アンティークの店長をやってる魔法使いのチェリッシュ・ヴァーデンホーゲンよ。気楽にチェリッシュって呼んでね、リサ」


 リサは緊張した面持ちのまま頷く。どうやらフォア会長から直々にここに来るように言われたため、何か悪いことがあるのではないかと心配しているようだ。


「そんなに緊張しなくていいわ、リサ。ところであなた、最近仕事に身が入っていないそうね?」

「す、すいません。あたし、その……」

「別に責めてるわけじゃないわ。だって恋は──時に人を迷わすからね」

「えっ!」


 チェリッシュのかまかけに、図星を突かれたからか──リサが慌てた様子を見せる。どうやらフォア会長の見込みは当たっていたようだ。


(もっとも、私はずいぶん恋とご無沙汰だから、その感覚ってのがよく分かんないんだけどさ)


 そんな心の声を口にすることなく、チェリッシュはリサに語りかけ続ける。


「ねぇリサ、あなたは私が世間でなんて言われてるか知ってる?」

「う、えーっと……び、美魔女ですか?」

「なんだか褒められてるのか貶されてるのか微妙な呼び名ね。あのね、私は《 恋愛魔術師 》って呼ばれてるの」

「恋愛魔術師、ですか?」

「そうよ。だからあなたの恋の悩み、聞かせてちょうだい? もしかしたら私が力になれることもあるかもしれないわ」


 優しく微笑むチェリッシュに、リサは顔を赤く染める。

 そんな彼女に、チェリッシュはいつものように桃色の魔法薬ポーション──精神安定効果がある《 桃色吐息ピンクウォーター 》を渡した。


 魔法薬ポーションを飲んで一息ついたリサは、チェリッシュに優しく促されたこともあり、ようやくその重い口を開く。


「あたし……この街から馬車で何日もかかるくらい離れた地方の貧しい農村から、ここイスパーンの街に出稼ぎに来てるんです」


 彼女が生まれ育った村は農作物もあまり育たず、生まれた子供たちは日々食べていくのに精一杯だった。だからリサも、15歳になったことを契機にイスパーンの街に働きに出て来ることになる。


「あたしは貧乏で生活が苦しくてもあの村が好きでした。本当は、ずっとあの村にいたかったんです。あ、でもフォア会長には本当に良くしてもらって、感謝してもしきれないんですけどね」

「そっかそっか」

「それで、村には数は少ないんですけどあたし以外にも子供が何人かいました。まるで兄弟みたいに育って、みんなすごく仲が良かったんです」


 ──その中のひとりに、カインという名の少年がいました。

 カインの名を口にした途端、リサの表情が自然と綻ぶ。


「カインはやんちゃでがさつで、だけど優しくて……あたしたちのリーダーみたいな感じでした。カインは村長の息子で、将来は村を背負って立つ存在だったんです」

「そっか、じゃあリサはそのカインって子が好きなのね?」

「好き──なんですかね、よく分かりません。でも、ずっと兄弟みたいに育って来て、大切な存在であることは変わりません」


 リサが出稼ぎに出るとき、カインは泣いて見送ったと言う。


「カインは『この村が貧乏なせいで、お前をこんな目にあわせてすまない』って泣きながら謝りました。あたしは気にすることないよって言ったんですけど、彼は思いつめたような表情をしてて……」


 それでも、カインは次期村長候補。どうしようもないとリサは考えていたのだが──。


「あたし、カインを見かけてしまったんです」

「見かけたって、この街で?」

「はい。しかも彼は革鎧や剣を身に付けて──冒険者の格好をしていました」

「旅装束じゃなくて? それってまさか……」

「そうです、彼は《 冒険者 》になろうとしてたんです」


 ──冒険者。

 この世界で一攫千金を狙おうとすると、手段はそう多くはない。その中でも最も手軽に挑戦することができるのが、魔力を持った動物──『魔物』を狩って素材を卸したりすることを生業とする《 冒険者 》であった。


「それは……驚いたでしょうね」

「ええ、本当にビックリしました。だって村で次期村長として修行を積んでるはずのカインが、遠くイスパーンの街で──いつ死んでもおかしくない《 冒険者 》になろうとしてたんですから」


 冒険者が狩るのは魔物だ。

 だが魔物のほうも無抵抗に倒されるわけではない。魔物は普通の動物よりも知恵があり、力が強く、時には魔法すら使うこともある。魔物達は命がけで抵抗してくるため、時には冒険者側が返り討ちに遭い命を落とすことさえある。

 常に死と隣り合わせ。ハイリスクハイリターン。最も手軽に──命と引き換えに稼ぐ手段が《 冒険者 》なのである。


「あたしは慌てて彼を追いかけました。そして捕まえて、再会の挨拶もすっ飛ばして問いただしたんです。なんで次期村長であるあなたが、こんなところで冒険者になろうとしてるんだって」

「うんうん」

「そしたら彼は不機嫌そうに『これ以上お前みたいな不幸な子をうちの村から出したくない。だから俺が金を稼いで不幸の連鎖を止めるんだ!』って言うんです。あたしが何を言っても聞かなくて、最後には突き飛ばされてそのまま立ち去ってしまいました」

「あらあら……」


 それでも彼女はめげすにカインを探した。その結果、彼が冒険者育成ギルドで初心者講習を受けていることをなんとか突き止めることに成功する。


「でも──きっとカインはあたしが何を言っても聞かないでしょう。だからあたし、どうしていいのかわからなくて……」

「まーその年頃の男の子って頑固だからねぇ」

「カインは近々、本格的な冒険者としてデビューしてしまいます。そうなったらもう彼を止めることが出来なくなるでしょう。あたしは、カインにそんな仕事をして欲しくない。なんとか……村に戻って欲しいんです」


 ──そこでチェリッシュさんにお願いがあります。

 リサは何かを振り切ったかのような真剣な表情で、チェリッシュをじっと見つめる。


「チェリッシュさんにカインと一緒に″お試し冒険″をしてもらって、なんとか冒険者を辞めるよう説得して欲しいんです」

「えっ? 私が?」


 予想外の依頼に、思わず自分を指差すチェリッシュ。


「なんでまた私に──」

「あたし、本当は知ってるんです。チェリッシュさんのもう一つの呼び名を」

「私の、もう一つの呼び名?」

「はい。『第二次魔大戦』の英雄で《 剣聖 》シリウスのパーティメンバーだった元Bランク冒険者──《 光の魔女シャイニーウィズ 》チェリッシュ」


 なんともこっぱずかしい呼び名で呼ばれたものだ。チェリッシュは思わず髪をかきあげる。


「……その呼び名は間違いよ。あたしはそんな大層な魔法使いじゃないわ」

「そ、そんなことありません! チェリッシュさんの英雄譚はうちみたいな田舎の村にも伝わってきましたもの! それに、あたしにはあなたしか頼る人がいないんです! あたしもう、カインにも避けられてどうしていいか分からなくて……」


 ポロリ。リサの両目から涙がボロボロと零れ落ちる。


「グスッ……。″お試し冒険″は、冒険者デビューする初心者が、講師役の先輩冒険者に導かれて行う最後の実地試験だと聞いています。同行する講師役の方は、ランクD以上の冒険者。Bランクであるチェリッシュさんなら講師になることに問題ないですよね?」

「え、ええ。まぁ……」

「お願いします! そこで──カインを説得して欲しいんです!カインを冒険者にしないでください! あたし、もしカインに何かあったらもう……」


(あらら。こんなにも愛らしい女の子を泣かすなんて、カインくんとやらも罪作りな子だなぁ)

 チェリッシュは号泣しだしたリサを見ながらため息を吐く。彼女は、可愛らしい女の子の涙に弱かった。


「はいはい、わかったわよ。だからもう泣かないで」


 リサの涙に耐えられなくなったチェリッシュが、お手上げとばかりに彼女にハンカチを渡す。涙と鼻水を拭きながら、「それって……」と期待のこもった目でチェリッシュを見る。


「リサ。あなたの依頼、引き受けるわ。ただし、やり方は私に任せてもらうわよ?どういう結果になるかわからないけど、私なりのやり方でカインくんをどうにかしてみせるわね」


 チェリッシュの言葉に安心したのか、リサは壊れた蛇口のように膨大な量の涙を流しながら、その場で膝をついて泣き崩れたのだった。


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