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ふたつめのエピソード、投稿開始です(о´∀`о)
ブリガディア王国の王都イスパーンに、恋を叶える魔法使い──《 恋愛魔術師 》と呼ばれる一人の魔法使いがいた。
彼女の名はチェリッシュ・ヴァーデンホーゲン。
魔道具を取り扱う魔法屋〈 アンティーク 〉の店長でもある彼女は、今日も仕事に勤しむ。
「ふんふんふーん」
チェリッシュは、機嫌よく鼻歌を歌いながら筆を走らせていた。
書いているのはポスター。魔法屋アンティークを宣伝するための大切な営業ツールだ。
『恋の魔法をあなたの手に。魔法屋アンティーク』
「うん、なかなかのキャッチフレーズね」
「ふぉふぉふぉ、頑張っとるみたいなじゃのう」
出来栄えに満足したチェリッシュが大きく伸びをしたところで、ようやく店内に一人の老人が居ることに気づいた。どうやら彼女が作業に没頭しているうちに入って来ていたらしい。
「あらフォア会長、いらっしゃい。この街随一の『イスパーン商会』の会長さんが、わざわざどうしたんです?」
「いやな。チェリッシュちゃんの店がなかなかに繁盛してると聞いて、様子を見に来たんじゃよ」
「うふふ、フォア会長にそう言ってもらえると嬉しいわ」
チェリッシュは得意げにウインクを返すと、店の奥へとお茶を取りに行った。
チェリッシュは魔法屋アンティークの店長ではあるものの、彼女の所有する店ではなかった。オーナーは別におり、かつイスパーン商会と業務提携をしていた。ようは雇われ店長なのだ。
だからチェリッシュにとってフォア会長は上司のようなものなのだが、そんなこと気にも留めない様子でお茶の用意をしている。
一方のフォア会長のほうも、頬を緩めながらチェリッシュの後ろ姿──主にお尻の方を凝視していた。
「ふむ、相変わらず良い尻じゃのう……」
「会長、お茶が入りましたよー。今日は妖魔の森で採れたエンゲージってハーブで淹れてるんです」
「うむ、頂こうかのぅ」
出されたお茶を一口啜ると、フォア会長は僅かに眉を動かす。
「ほほぅ、美味いな。おそらくハーブの採り方が良いのじゃな」
「分かります? これオーナーが採ってきたんですよ」
「ほほぅ、あやつが採ってきたのか。どうりで美味いはずじゃ。しかし『英雄』が採ったハーブ茶を飲めるとは、朝からなかなかの贅沢じゃのう」
「贅沢すぎてさすがの私も非売品にしてますよ。大切なお客様が来たときだけ出してるんです」
わしは大切なお客様か。満足そうに笑いながらそう言うと、フォア会長はカップをテーブルに置く。
「ところでチェリッシュちゃんや。お主はなかなか面白い商売をしているみたいじゃな」
「面白い商売って、『恋愛魔術師』のことですか?」
「そうそう、それじゃ。わしなどは枯れて久しいが、なかなかに需要もあるようじゃの?」
イスパーンの街は、大国ブリガディアの王都だけあって、様々な商売がある。その中にはチェリッシュと似たような商売──たとえば占い師のような人たちもたくさんいた。
「私なんて大したことないですよ。『恋のグランマザー』とか、『イスパーンの恋天使』なんかに比べたら、まだまだ」
「ふぉふぉふぉ、巷で話題の占い師たちじゃな」
チェリッシュの恋愛魔術師は、その中でも中堅以下くらいの認知度だと自分で考えていた。なにせ《 仕事 》を引き受けると基本的に大掛かりになるので、1日に何件もこなせない。
「そのぶん、全力を注いでいると聞いているがな」
「お金を頂くからには、手抜きはできませんよ」
「うむ、良い心がけじゃ。そんなチェリッシュちゃんにな、実は仕事の相談があるんじゃ」
「私に? フォア会長が?」
フォア会長直々の仕事などめったにない。
しかも《 恋愛魔術師 》としての仕事とは、どういうことであろうか。
「ま、まさか会長が……恋?」
「もうそんな歳じゃないわい。実はな、わしの持つ店舗の一つに『激安雑貨ドン・ドラゴン』というのがあるんじゃが」
「あぁ、知ってますよ。大通りの端にある若者向けの雑貨屋さんですよね? 結構繁盛してたと思いますが」
「うむ、そこそこといったところじゃな。でな、その店の店員にリサ・ハーメンという娘がいるんじゃが、この子が実によく働く子でな」
フォア会長の話によると、このリサという娘は田舎から出稼ぎに出てきた16歳の少女で、気立てが良くて働き者で店としても大変重宝しているらしい。
「それに、なかなか良い尻をしていてな。あれは鍛えたらかなりの逸材になるじゃろう……」
「尻はどうでもいいので、私に相談したいことって何なんです?」
「そう反応されるとつまらんのぅ。まぁいい、そのリサがな、最近仕事でミスが増えてきたんじゃ」
多少のミスならフォア会長も気にしなかったであろう。でも彼女の場合は、到底考えられないようなミスをするようになっていた。
「計算ミスは当たり前。先日など上の空で棚卸しをしたせいで商品がバラバラに積まれて全部やり直しになってな」
「あらあら、それは大変ですね」
「で、なんで急にそうなったのかと店長に確認させたら──」
「原因が『恋』だったって訳ですかね」
チェリッシュの確認にフォア会長が頷く。
「うむ。そこでチェリッシュちゃんにお願いなのじゃが……リサに会ってもらって、あの娘の『恋の悩み』を解決して欲しいんじゃ」
──これはまた漠然とした内容の依頼ね。
チェリッシュは心の中で僅かな時間検討したものの、所詮今の彼女は雇われの身。オーナーの業務提携先であり、王都イスパーン随一の紹介の会長の相談を断れるわけなどなかった。
「分かりました、努力はしてみます。ちなみに報酬なんですけど……」
「もしリサの悩みを解決してみせたら、一ヶ月分のノルマを免除しよう」
「い、一ヶ月分も!」
一ヶ月分のノルマといえば、売り上げ換算で軽く10万エルを超え、下手すると20万を超えることすらある。チェリッシュの両目が一瞬で金マークに変わる。
「分かりました。このチェリッシュ、誠心誠意を持って対応しましょう!」
「ふぉふぉふぉ、そうと決まれば明日にでもここにリサを寄越すようにするからな。あとは頼んだぞ」
こうして《 恋愛魔術師 》チェリッシュに、新たな恋愛の依頼が発生したのだった。
「フォア会長、泥舟に乗ったつもりでお任せください!」
「……泥舟じゃ沈むじゃろ」