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ロメオに呼び出されたバーバラは、丸一日かけて王都イスパーンへ向かっていた。馬車を降りた時には、すでに日が西の空に沈みかけている。
「どうしても、この場所に来て欲しいんだ」
いつも弱気なロメオの、いつになく強気な口調に思わず頷いてしまったけど、本当に来て良かったのか、彼女は今でもまだ悩んでる。
バーバラとロメオは、物心ついたときから一緒にいる幼なじみだった。
(なんというか、弟みたいというか、あたしが面倒見てあげないといけないみたいな……)
別に彼女は、ロメオのことを嫌っていたわけではなかった。むしろ好意の方が強いと言っても過言ではないだろう。
だけど、それとこれとは違うとバーバラは考えていた。
(あたしだって女の子なんだよ。やっぱり『好き』って言われて結婚したい。それくらい憧れたっていいじゃない?)
だから彼との結婚を親から打診されたときも、すぐに同意しなかった。
でも、そこで『世界最高のプロポーズ』というとんでもない言葉が出てきてしまったのは、バーバラがバーバラたる所以であろうか。
彼女としては、そこまで大それたことを言ったつもりではなかった。ただロメオに、素敵なシチュエーションで、ちゃんと『好き』と言って欲しかったのだ。
だがロメオは鈍感だった。
クソがつくほど真面目で、真剣で、弱虫で、弱気で……。
だから彼は、一番肝心なバーバラの想いに気づいていなかった。ただ単純に『好き』といってほしい。そんな簡単なことに、彼は気づかなかったのだ。
(もう、彼はこんな人って諦めるしかないのかしら)
半ば諦め気味にそう思い始めた頃、バーバラはふいにロメオに呼び出されたのだった。
◇
待ち合わせ場所は、ブリガディア王国の王都イスパーンの北側に位置する小さな公園だった。時は夕暮れ、遊んでいた子供たちも一人また一人と家路についている。
「なんでこんな場所で待ち合わせ?」
おそらくロメオは今日、自分にまたプロポーズをするつもりなのだろう。
普通だったら、景色が良い場所や瀟洒な飲食店などに呼び出すはずだ。実際これまで何度か受けたプロポーズは、そのような場所だった。
なのに今回は、何の変哲もない普通の公園である。ここでロメオはいったい何をする気なのか……。
「お待たせ、待った?」
日も暮れて人気もなくなってきたころ、不意に声をかけられて振り向くと、そこにはロメオが立っていた。
全身スーツ姿で、きっちりと決めている。
「……ちょっとロメオ、こんなところに呼び出してどうするつもりなのよ?」
「今日はね、バーバラにどうしても見てほしいものがあったんだ」
「あたしに見てほしいもの?」
「うん。──僕の気持ち」
予想外の言葉に、バーバラは思わず首をひねる。
「バーバラ。僕はね、君に言われた『世界最高のプロポーズ』についてずっと考えてきた。だけど、僕の考えるものは君にとっては最高のものではなかった」
「う、うん……」
「そんなとき、僕はある人の存在を知った。その人の名は《 恋愛魔術師 》チェリッシュ。僕は思い切って彼女に相談したんだ」
「ど、どんなことを相談したの?」
「……君が、僕にとっての運命の人であるということを証明する方法を教えて欲しいってね」
どきり。
真面目な顔で思わぬことを口走るロメオに、バーバラの胸が思わず高鳴る。
「そ、それで? その恋愛魔術師さんは何って言ったの?」
「簡単に証明できる方法があると言ったよ。それで、これを僕にくれたんだ」
そう言ってロメオが取り出したのは、ピンク色をした液体が詰まった瓶。
「これは《 運恋秘薬 》という特別な魔法薬でね。運命の人の前で飲むと、そのことが証明してくれるって代物なんだ」
「な、なにそれ? そんなものあるわけないじゃない! なによ、運命の人が分かるポーションって! あんたまた騙されて──」
「それを今、僕が証明してみせるよ」
ロメオは迷う様子も見せず、一気にピンク色の魔法薬を一気に飲み干した。
ごくっ、ごくっ。ロメオの喉が大きく蠢く。その様子を、バーバラは呆然と眺めていた。
ポーションを飲み終えたロメオがゆるやかに左手を前に伸ばすと、彼の左手の薬指から何かがニョキッと飛び出してくる。
なんとそれは──仄かに光を発っする『糸』のようなものだった。
「えっ? な、なによそれ!」
「これはね、僕の運命の人を見つける魔法の糸なんだ。運命の赤い糸と言うそうだよ。この糸がね、僕の運命の相手を導いてくれる」
光の糸は、しばらくの間なにかを探すかのようにモゾモゾと動いたかと思うと、ふいにバーバラの方を向いた。
その瞬間、一気にバーバラの方に向かって──まるで触手のようにニョキニョキと伸びてきた。
「えっ? えっ?」
光の糸は戸惑うバーバラの左手にゆるやかに絡みつくと、そのまましっかりと、彼女の薬指をくるりと一周して纏わりついた。
二人の薬指が光の糸で結ばれたことを確認したロメオが、ニッコリと微笑む。
「ほら、見つけたよ。やっぱり君が、僕の運命の人だったんだ」
まるで今までのロメオとは別人のような、全てを包み込む温かな笑顔に、バーバラは思わず頬を染めた。
だがそれでも、生来の負けず嫌いな彼女は、自分の心の中に生まれつつある″想い″をすぐに受け入れる事ができなかった。強い意志で強引に蓋をすると、すぐにロメオを問い詰めようとする。
「ねぇロメオ、これはどういう……」
「バーバラ、僕は君とこれまでずっと一緒に過ごしてきた。だからね、僕は当たり前のことに気づかなかったんだ」
「あたりまえの──こと?」
「そう。僕がね、君のことが大好きだってこと」
──ドキン。
バーバラの胸が、強く鼓動を打つ。
(ウソ……? ロメオが、あたしのことを好きって言った?)
強引に蓋をしたはずの想いが、バーバラの心の中に満ち溢れてくる。何者にも止められない強さで、無限に湧き上がってくる想い。その正体にバーバラはまだ気づいていない。
「バーバラ、愛してる。僕には君しかいない。僕と──結婚してくれないか?」
ロメオはそっとバーバラの左手を取った。そして、手の甲に柔らかく口付けする。
その瞬間、バーバラの中にある想いが、一つの形となった。
(あぁ、ロメオ! あたしも……あなたを愛してるわ!)
バーバラの心から、熱い想いが一気に溢れ出した。それは涙という形となって、バーバラの両目から零れ落ちてゆく。
自分が涙を流していることに、バーバラはすぐには気付かなかった。それほど、ロメオの顔に釘付けになっていたから。
「ロメオ──でもあたし、気が強いし、ワガママだし、それに……」
「知ってるよ。そんなの全部知ってる。それでも君がいいんだ」
「本当に? 浮気したりしない?」
「するわけないよ。僕は──君を、君だけを愛してる。だから、改めて言うよ。バーバラ、僕と結婚してください」
もはやバーバラに戸惑いなどなかった。
一切の悩みなく、自然と頷く。
「──はい。あたしを、幸せにしてね」
「もちろんだよ。僕の最愛の人」
二人は抱きしめあった。
強く、強く。まるでこれまで埋まることのできなかったなにかを埋め合わせるかのように。
そのとき、ひとつの奇跡が起こった。
公園の中にある木という木が、光を発し始めたのだ。
赤、青、黄色、緑、紫、ピンク──公園の木々が、まるでふたりの愛を祝福するかのように七色に輝き始める。
よく見るとそれは、光り輝く紐のようなものが木々を覆って、色とりどりに発光しているものだった。
──イルミネーション。
そう呼ばれるものであることを、このときのバーバラは知らなかった。目の前で繰り広げられる幻想的な光景に、ただ目を奪われるばかりだった。
「ねぇバーバラ。この指輪、受け取ってもらえるかな?」
さらなるサプライズに、イルミネーションに見入っていたバーバラが驚きのあまり口元を押さえる。ロメオは優しく彼女の左手を手に取ると、その薬指に優しく指輪を通していく。
──永遠の愛を誓う指輪。ふたりの愛が成就したところで、ロメオがバーバラの唇にそっと口付けをする。
二人の唇が触れ合った瞬間、公園の上空で新たな光が爆発した。
それは、花火だった。
変幻自在に色を変える様子は、光魔法による花火──《 魔法花火 》に他ならない。
滅多に見ることができない魔法による神秘が、まるでバーバラたちを祝福するように二人の頭上で大輪の華を咲かせる。
あまりに華麗で美しい光景に、バーバラは言葉を無くして空を見上げる。
そんな彼女の方を優しく抱きながら、ロメオが耳元に語りかけた。
「バーバラ、これで『世界最高のプロポーズ』になったかな?」
バーバラは満面の笑みを浮かべて頷く。
「ええ! 最高よ!」
そして二人は、またしても情熱的な熱い口づけを交わしたのだった。