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《 恋愛魔術師 》チェリッシュの表と裏の顔  作者: ばーど
episode1 『世界最高のプロポーズ』
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2

 ピンクに統一された〈 魔法屋アンティーク 〉の店内には、ほんのりと花の香りがする煙が焚かれていた。

 あぁ、バーバラが好みそうな香りだなぁ。呑気にそんなことを考えたところで、ロメオは我に帰る。


(うーん、どこから話せばいいんだろう……)


 テーブルを挟んだ反対側では、金髪の美女──《 恋愛魔術師 》チェリッシュが、手に持った何枚ものカードを置いたり入れ替えたりしている。


「僕とバーバラは、幼なじみなんです」


 そう切り出したものの、チェリッシュはカードに視線を向けたまま顔を上げようともしない。

このまま話し続けて良いのだろうか。不安な気持ちがロメオの心を包み込む。


「聞いてるわよ、続けて」

「あ、はい。それで、親同士も仲が良くて、自然と僕たちは婚約というか、結婚するような流れになってたんですけど……バーバラがウンと首を縦に振ってくれないのです」


 そう、バーバラは彼との婚約を嫌がった。正確には、彼との婚約に難題を出してきたのだ。


「その難題というのが──『世界最高のプロポーズをする』ってことです」

「世界最高の、プロポーズ?」


 それまでずっとカードに視線を向けていたチェリッシュが、初めて顔を上げた。こちらを見つめる金色の瞳に心の奥まで見透かされそうで、思わずドキリとする。


「はい。その、よくは分からないのですが、バーバラは僕から『世界最高のプロポーズ』を受けないと結婚する気は無いって言うんです」

「ふぅん……」


 再びカードに視線を戻したチェリッシュが、裏返しにされていた一枚のカードを捲った。かまわずロメオは話を続ける。


「僕なりに、バーバラに一生懸命プロポーズしました。あるときは綺麗な花を持って。また別の時は綺麗な景色の場所に連れて行って、『僕と結婚してください』って言ったんです。でも、ダメでした。そんなプロポーズじゃ足りないと、受け入れてくれなかったんです」


 彼がどんなプロポーズをしても、バーバラは受け入れようとしなかった。

 もしや彼女は自分との結婚を望んでいないのではないか。そんな気持ちが心の心の中に湧き始めたころ、彼はある噂を耳にする。


 ──イスパーンの街に、『恋愛魔術師』がいる。


 ブリガディア王国の王都イスパーンの街には『恋愛魔術師』と呼ばれる一人の女魔法使いがいる。

 魔法使いの名はチェリッシュ。魔法屋アンティークという店を営む金髪の美女だという。

 そして、彼女に頼めば、どんなに難しい恋愛も報われる・・・・と、まことしやかに噂されていた。


 到底信じられるような噂ではなかった。

 だが今の彼は藁にもすがる気持ちだった。たとえ胡散臭いものであったとしても、今の自分たちの突破口になるのであれば……と、藁にもすがる思いで、ロメオは丸一日かけて王都イスパーンの街までやってきたのだった。


「──なるほどね、状況は分かったわ」

「それで、僕たちはどうにかなるでしょうか?」


 ロメオは必死な眼差しでチェリッシュを見つめる。それまで顎に手を当てて話を聞いていた恋愛魔術師は、ふーっと大きく息を吐く。


「いくつか質問してもいい? まずあなたと彼女──バーバラは、お付き合いをしていたの?」

「お付き合い? その、世間一般で言うカップルのような付き合いという意味でしたら、ほとんどありませんでした。なにせ幼なじみなので、一緒にいるのが当たり前というか……」

「そう。それじゃあバーバラのご両親は、娘さんがそう言ってることに対しては何と?」

「『いつもの娘のワガママですまん』って感じですね。あまり真剣には受け止めていないようです」

「最後の質問。あなたはバーバラに《 愛の言葉 》を囁いたことはある?」

「あ、愛の言葉、ですか?」


 あのバーバラに愛の言葉を伝えるなど、想像しただけでドキドキしてしまう。

 きっと彼女は「ロメオごときが何でそんな臭いセリフを吐くのよ!」と言って小馬鹿にするに違いない。そうしたら自分は立ち直れるのか……。


「な、無いですね。なんというか、そういうのを求める感じの娘ではないので──バーバラはとても気が強いんです」

「へぇ、そうなんだ」


 パシッ。

 心なしか少し強めにカードが机に置かれた気がして、思わずビクッと背筋を伸ばす。


「分かったわ。この仕事、お受けしましょう」

「ほ、本当ですかっ!」

「──でも、私への依頼料は高いわよ?」

「分かってます! ちゃんとお金は用意しています!」

「そう、わかったわ」


 それまでの悩ましげな表情から打って変わって、チェリッシュは笑みを浮かべた。それはまるで深い森の中で突如咲いた可憐な花のようであった。


「あなたにオススメのプランは三つあるわ」

「プ、プラン……ですか?」

「ええ。

 《 エントリー・プラン 》なら3万エル。

 《イルミネーション・プラン》なら5万エル。

 《 ファンタジー・プラン 》なら──10万エルよ。

 もし失敗した場合には、半額を返金するわ」


 失敗したときには返金があるのは良心的とも言えるが、それにしても中々の大金である。

 若いロメオに用意できる金額はそんなに多くない。せいぜい10万エルが限界だ。それでも彼の一ヶ月の稼ぎの大半である。

 だけど、バーバラは『世界最高のプロポーズ』を求めている。だったら、ここはケチるところではない。


「わ、わかりました。それではその《 ファンタジー・プラン 》でお願いします!」


 彼が選んだのは、最も値段の高いプランだった。懐から財布を取り出すと、自分の手持ちから掻き集めた金貨や銀貨を目の前のテーブルに置く。

 チェリッシュは柔らかな手つきで硬貨を数えると、ちょうど10万エルあることを確認してふふっと微笑んだ。


「確かに10万エル受け取ったわ」

「あの……これで僕とバーバラが結婚できるようにしてもらえるのでしょうか?」

「うーん、それは分からないわ」

「えっ?」

「成功するかどうかは、あなたの気持ち次第よ。ロメオさん、あなたはバーバラのことを心から愛してる?」

「ええ、もちろん! 彼女以外と結婚するなんて考えられません」

「そう。……だったらたぶん上手く行くわ」


(こ、この人で本当に大丈夫なのかな?)


 チェリッシュに上手いこと答えをはぐらかされたことで、ロメオの軟弱な心に不安な気持ちが満ち溢れてくる。

 だが彼の不安など御構い無しに、チェリッシュは矢継ぎ早に指示を出してきた。


「それじゃあ、私は少し準備に時間が掛かるから──そうね、作戦決行は三日後にするわね。場所は、イスパーンの街の北にある小さな公園でいいかしら?」

「は、はぁ……」

「じゃあ三日後の──日没寸前の時間帯に、北にある公園まで彼女を連れてきて。早すぎても遅すぎてもダメよ?」

「わ、わかりました」

「それまでにあなたは、私がこれから言う準備を整えて頂戴。人生がかかってるんだから──しっかり準備してね?」


 急に真顔になったチェリッシュにそう言われ、ロメオは慌てて首を縦に振って頷いたのだった。


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