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新連載です!
不定期連載になるかと思いますが、よろしければお付き合いください(≧∀≦)
「はぁ、はぁ。いったい、どこにあるんだろう?」
ロメオ・ハンティオウルは額を流れる汗を拭った。晩夏の太陽は、だいぶ和らいだとはいえまだまだ強い日差しを放っている。
かれこれもう2時間はここイスパーンの街を歩き回っているだろうか。それでもまだ目当ての建物を見つけることはできていない。不慣れな街での探索は、容赦無くロメオの体力と気力を奪い取っていく。
(やはり、あの噂はガセだったんだろうか)
弱った心の隙を突くように、冷たい不安が背筋を走る。自分の悪い癖──弱気の虫が顔を覗かせる。
途端、バーバラの勝気な顔が浮かんできて歯をくいしばる。
ここまできて諦めるわけにはいかない。ロメオは気合いを入れ直す。
(まだ、まだ頑張らなきゃ。僕はバーバラのためにも、そう簡単に諦めるわけにはいかないんだ)
──なにせ僕は、一縷の望みをかけてわざわざこの街までやってきたのだから。
とはいえ、不安を消そうと気合いを入れ直したところで、問題が解決するわけではない。いつしかロメオは、人通りもまばらな裏通りへと足を踏み入れていた。
ここはどこだろうか。自分は迷子になってしまったのか。さらに不安が募る。バーバラにいつも言われる彼の弱気癖が、隙を見せると顔を出してくる。
元の場所へ戻るべきか。それともこのまま前に進むべきなのか。
──まるで今の僕みたいだよ。
自嘲気味にそんなことを考えながら、さらに一歩踏み出したとき、路地の向こうに圧倒的な存在感で鎮座する奇妙な建物がロメオの目に飛び込んできた。
それは、違和感を形にしたかのような奇抜な建物たった。
真っ赤な三角形の屋根に、円筒型でピンク色の壁。目立つ。目立ちすぎる。
とても店舗とは思えない奇妙で奇抜な外観は、まるで路地に生えた巨大な毒キノコのよう。
「噂に聞いた通りだ……もしかして、ここなのかな?」
ここに、自分が求める存在がいるかもしれない。
思わずゴクリと唾を飲み込む。
建物に近づくと、大きな看板が目に入る。看板にはこれまた大きな文字で『魔法屋 アンティーク』と書かれていた。
「魔法屋アンティーク。……間違いない、ここだ!」
ロメオは少し乱れた呼吸を整えると、覚悟を決めてゆっくりと店の扉を開いた。
カランカラーン。
扉に取り付けられたベルの乾いた音が鳴る中、恐る恐る店内に足を踏み入れる。
魔法屋アンティークの店内は、外観から受ける印象と違って綺麗に整頓されていた。
全体的に薄いピンク色に彩られた内装に、棚に所狭しと置かれた時計や小型冷蔵庫、ポットや機械人形などの魔道具。反対側の棚には青や黄色、赤など色とりどりの魔法薬が等間隔で並べられている。
ピンク系が多いのが落ち着かないものの、そのことを除けば実に魔法屋らしい、堅実な商品ラインナップだ。
だが彼が今回求めていたのは、これら魔道具ではない。彼が求めていたのは──。
「ようこそ、魔法屋アンティークへ」
不意に声を掛けられ、ロメオは慌てて店の奥に視線を向ける。
カウンターの奥に座っていたのは、薄暗い店内でも輝いて見える金色の髪の女性だった。まるで絵本から飛び出してきた魔女のような、黒いとんがり帽子に、肩口まで肌が露わになった黒服に身を包んでいる。
(うわぁ、綺麗な人……)
年齢不詳の、魅惑的で妖艶な美女。そんな単語がロメオの脳裏に浮かぶ。
「あ、あの……」
「ふふっ、その様子だけで分かるわ。あなた、普通のお客様じゃないわね?」
そう言うと、黒服の美女がゆっくりと立ち上がった。
薄暗い中でスタイルの良い生脚が露わになり、ロメオは思わずドキリとする。驚いたことに彼女が着ていたのは膝上までのワンピースだ。
(魔女というよりも、まるで魔女のコスプレをした女優みたい)
あまりに優美な姿に見惚れていたロメオに、彼女は微笑みながら棚に置かれていたピンク色の飲み物をコップに注いで手渡してくる。
「こ、これは?」
「ふふっ、サービスよ。心が落ち着く魔法薬」
言われて未だ落ち着きを取り戻していないことに気づいたロメオは、顔を赤面させながら魔法薬を一気に飲み干す。
ほのかな花の香りが鼻の奥を通り抜け、ようやく人心地ついたところで、ロメオは改めて目の前の美女に問いかけた。
「あ、あの……」
「うふふ、なにかしら?」
「あなたが噂の──【 恋愛魔術師 】チェリッシュさんなのですか?」
ロメオの問いかけに、美女は赤い唇を大きく歪ませて微笑む。
「私は今まで自分のことをそう名乗ったことは一度も無いのだけど──確かに私は魔法使いのチェリッシュ・ヴァーデンホーゲンで間違い無いわ」
やった。自分は見つけることができたのだ!
興奮を必死に抑えながら、ロメオは密かに両拳を強く握る。
「やはりあなたがそうでしたか! 僕はロメオ・ハンティオウルと言います。あなたに──依頼があってお伺いしました!」
「ふぅん……。この私になんのご依頼かしら?」
「はい! 僕からバーバラ──僕の彼女へのプロポーズが成功するように、あなたのお力添えを頂きたいのです!」
ロメオの必死の懇願に、【 恋愛魔術師 】と呼ばれたチェリッシュは、なんとも言えない表情を浮かべた。そのまま小さくため息を一つ吐くと、店の外へと向かって歩き始める。
もしや、断られてしまうのだろうか。
ロメオにとっては、チェリッシュという存在が最後の砦だ。彼女で無理であれば、自分はバーバラとはもう……打つ手がない。
だがチェリッシュが取った行動は、彼の予想とは違っていた。店の扉に掛けられていた『営業中♡』と書かれた看板を反対側にひっくり返したのだ。
反対側に書かれていた文字は──『本日の営業は終了しました♡』。
「あっ……そ、それじゃあ」
「あなたが私に特別な《 依頼 》をしたいってことは分かったわ。でも依頼を受けるかどうかは別。とりあえずあなたのお話を聞かせて頂戴。どうしてこの私に『恋愛相談』をしに来たのかを、ね」
促されて椅子に座りながら、ロメオはチェリッシュの妖艶な笑みにゴクリと唾を飲み込んだ。