二章・8
「君と行けたのがわたしでよかったって思う。君と趣味が合っていて、それで君と一緒にイベントに行くことができたのが、他の誰でもない、わたしでよかったって、わたしは思うよお」
吉野くんが、わたしのおかげでって思うのは、出会えたおかげでって思ってくれるのは、嬉しいです。だけれど、それはわたしが吉野くんよりも上の立場っていうことではありません。
それではなんだか、貸し借りがわたしと吉野くんの間にあるみたいになってしまいます。
わたしも、吉野くんと出会えたおかげで、こんなにも充実した週末を送ることができているのです。前みたいに一人きりでは、積極的にどこかに行こうなんて思わず、どこかで無駄に時間を潰していたことでしょう。
「だからあ、まあ、わたしも君と一緒だったから行けたんだよお。おんなじおんなじい」
「そっか」
「うん、だからさ、これからはそういうの、あんまり言わないでねえ」
「え、何のこと?」
「わたしのおかげでえ、みたいなことお。何もわたしはしてないのに何かしたように言われちゃうとさあ、ちょっと……ねえ」
まるで手柄をでっちあげているみたいで、卑怯なことをしている気分になります。勘違いを勘違いのままにしておくのは、ずるいことだと思います。
わたしは人としては結構だめな部類に入る人間ではあるのですが、吉野くんに対してだけは嘘をつきたくないなと思っているのです。
吉野くんをだますみたいなことは、したくないのです。
「それに、わたしたち友達なんだからあ、なんて言うかあ、変にかしこまらないでよお。わたしと君は、一人の人間同士、対等なんだからさあ」
おかげさまではあるけれど、それでお互いに遠慮してしまうのは、あまりにもったいないことです。
「……そう、だね。幡宮さんの言う通りかも。ごめんね、嫌な思いをさせた」
「ううん、大丈夫だよお」
わたしは首を振って吉野くんの言うことを否定しました。
「……もしかしたら僕は、無意識に君のせいにしていたのかもしれないね」
「どういうこと?」
「君のおかげでってことは、言い換えたら君のせいでってことになる。今のこの状況を、僕は君のせいにしていたのかもしれない」
「まあでも、本当のことだしねえ」
吉野くんが、前の生活から今の生活になったのは、それはまぎれもなくわたしのせいなので、否定はできません。するつもりもありません。
「いや、きっと君のせいじゃない。君がさっき言ったみたいに、いつか僕はきっと、こうなっていたはず。たとえ君と出会っていなくてもね。人間の運命はきっと、大筋は変わらないんだよ」
つまり吉野くんは、わたしに出会わなかったとしてもそのうちいつかいじめられていたと。クラスの輪から弾かれていたと。そう言っているのです。そんなまさかとは思いましたけれど、さっきわたし自身が言ったことと似ているので否定はできません。
自分の発言には責任を持ちます。持たなければなりません。
「だけれど、その時傍に誰がいるのかくらいは変わる。今、僕の傍に君がいてくれるのは、嬉しいことだよ」
これもまた、さっきわたしが言ったことと似ているので否定できません。そんなこと言われたらとても恥ずかしいので否定したいのですが、できません。わたしは数分前の自分を恨みます。お前のせいで吉野くんからどストレートな言葉をいただいたぞ、この野郎。
「いやあ、熱いですねえお客さん。十一月だってのに冷房入れたいくらいですよ」
その声にはっと気がつきました。そうです、ここはお店の中だったのです。
「お二人の会話、厨房までほっとんど聞こえてましたよ。いやあ、若いですねえ。あ、お待ちどう、ご注文の品ですよっと」
店員さんはテーブルの上に手際よくお皿を並べると「ごゆっくりどうぞ」と言って去って行きました。
残されたわたしたちは、目の前の料理のごとく、顔から湯気を出しています。
そうか、これが……。
これが、恥ずかしぬというやつか!
○
そのあとしばらくわたしたちは、お互いに顔を見られませんでした。顔を見ないままご飯を食べていました。
もくもくと、もぐもぐと。
ふと、顔を上げると、吉野くんと目が合いました。同じタイミングで吉野くんも顔を上げていたようです。
しばらくわたしたちは目と目を合わせたあと、どちらからともなく「……ぶはっ!」と吹き出しました。
「あはははは! なんなのもお!」
「いや、君がいきなり静かになるから」
「いやいやいやあ、こういうときは君の方から何か言ってよお」
「そう?」
「そうだよお」
そうしてまた、わたしたちは笑い合いました。
「あはは、これ、美味しいねえ」
「うん、とても」
「吉野くんに選ばせたわたしは正しかったねえ。わたしの目は狂っていなかったよお」
「そこは僕を素直にほめなよ」
「嫌だよ」
「ストレートだなあ」
「あはは!」
吉野くんは欲しい返しをくれるのでいいです。わかっています。さすがです。本人には言いませんけれど。
わたしの注文したメニューは吉野くんのに比べてはるかに多い量で、吉野くんが食べ終えても、わたしのはまだ半分くらいありました。
わたしは別に食べるのが遅い方ではないと思っているのですが、まあ量が量ですので。いったいこんなのを誰が頼むのでしょうか? いや、まあ実際に頼んで食べているわたしが言うのもなんですが。
わたしが食べている間、吉野くんはわたしの話に付き合ってくれながら待ってくれていました。ここで急かしてくるような人ではありません。
わたしが食べ終わったのは、吉野くんが食べ終わってから二十分くらい経った頃でした。
「ふう、食ったあ……」
わたしはとても満足しました。もうここで眠ってしまいたいくらい。
しかし寝るわけにはいきません。一応お店ですし。まあ、これだけの時間このお店にいても、わたしたち以外にお客さんは来なかったのですけれど。それでも寝られたら困るでしょう。
わたしたちは伝票を持ってレジの方に向かいました。
「まいどー! 二千三百円です」
わたしと吉野くんはそれぞれ、自分が食べた分のお金を出しました。
「はい、丁度ですね。ありがとうございました!」
「ありがとうございました!」
女性の店員さんの明るい声と、それに続いた奥の方からの野太い声に送られて、わたしたちはそのお店を後にしました。
お店を出るとき、レジの奥にある棚の上に、写真立てが二つ見えました。
一つ目の写真には、大きな男の人ときれいな女の人、そしてさっきの店員さんとが写っていました。
二つ目の写真には、さっきの写真に写っていた方々に加えて、若い男の人ともう一人女の人が写っていました。若い男の人の手には、何か、写真? のようなものが見えます。近くで見られないのでわかりませんが。