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二章・7

 帰り道。


 電車で自分たちの暮らす街に帰ってきたわたしたちは、イベントの話をしながら一緒に、夕方の駅前を歩いていました。まだ帰るには早い時間です。


 こうして一緒に街中を堂々と歩けるようになったのは、吉野くんがこちら側に来たときからです。


 それまでは学校の人に見られると困るという理由で、あまり自由に外を歩きまわれませんでした。


 ですが今はなんら気にすることはありません。


 「今日はどこで食べて帰ろうか?」


 「なんでもいいんよお」


 「なんでも委員?」


 「そうそう、わたしなんでも委員なんだあ。だからなんでもいいよお」


 「あ、そう。ところでなんでも委員のネタはどこまで引っ張るつもり?」


 「は? なんでも委員? 何言ってんのお?」


 「あ、ずるい」


 正直わたしも自分で言っていて何言ってんだろうって思っていました。たぶん頭が悪いのです。だから放っておいてください。


 「それで、どこで食べるかって話。どこでもいいの?」


 「うん」


 巷では、なんでもいいっていう女子はめんどうくさがられるそうですが、わたしの場合は本当に、美味しくてお腹が満たせれば本当になんでもいいので、どこを吉野くんが選んでも文句は言いません。たとえば男性がパスタって言って、えーパスター? みたいなことは言いません。そんなことを言う女はパスタで首吊って死ねばいいと思います。


 それに、吉野くんと一緒にご飯が食べられるのなら、なんでもいいのです。


 内緒ですけれどね。


 「うーん、でもこの辺のお店はだいたい行った気がする」


 「そうだねえ」


 それだけの回数、わたしと吉野くんは一緒にご飯を食べたのです。同じ釜の飯を食らったのです。


 「ちょっと裏の通りに行ってみようか」


 わたしたちが今いるのは駅前の、大きな道です。そこには有名なお店が並んでいます。


 ですが裏通りにも、ご飯屋さんはあった気がします。


 わたしたちは、二人では初めて裏通りに足を踏み入れました。


 と言っても普通の通りです。ジャンキーや売人や釘バットを持ったお兄ちゃんがうろついているわけではありません。服屋さんがあったり、普通のお家があったりするところです。まあ中には、高価買取っていう看板が出ている怪しげなお店もありますけれど。


 わたしと吉野くんはそこをぶらぶらと歩きました。


 そして途中で見つけた中華料理屋さんを、吉野くんは選びました。

 赤い暖簾には金色の文字で「ラーメン伴場」と書かれていました。


 そのお店、見た感じは、とてもぼろっちいです。一発殴ったら崩れそう。いや、しませんけどね。

 引き戸を開けるとカラカラという乾いた音がしました。


 「いらっしゃいませー!」


 そして奥の方から元気のいい声とともに女の人が出てきました。大学生くらいでしょうか、きれいと可愛いのいいとこどりみたいな方です。声も明るくて、なかなか好印象です。お店の外観と違って。


 「何名様で?」


 「二人です」


 「じゃあテーブル席どうぞー!」


 わたしたちは店員さんに案内された席に座りました。その店員さんの胸には「伊嶋」と書かれていました。


 机の横に置いてあるメニューをぱらぱらとめくりながら、わたしは小声で吉野くんにこう言いました。


 「ねえねえ吉野くん」


 「何?」


 「ここ、すっげえガラガラだねえ」


 「そういうこと言うなよ」


 夕ご飯の時間帯であるにもかかわらず、店内にはわたしたち二人しかお客がいません。


 「まあ落ち着くからいいけどねえ」


 たまにはこんなふうに、他のお客さんがいないのも悪くないでしょう。


 しばらくして、わたしと吉野くんは注文を決めました。吉野くんは味噌ラーメンとミニ炒飯。わたしはスペシャルセットに決めました。スペシャルセットは醤油ラーメンと炒飯、そして餃子とから揚げです。ボリュームに心惹かれました。このお店のイチ押しだそうです。


 「すみませえん。注文お願いします」


 「はいはーい、ただいまー!」


 明るい声とともにやって来た店員さんに、わたしたちはそれぞれ注文を伝えます。


 「はい、ありがとうございます! 少々お待ちをー。おっちゃーん! 味噌とミニ、それと醤油のスペシャル!」


 店員さんは厨房の奥に向かって大きな声で言いました。


 「はいよ! っていうかおっちゃん言うな。大将か店長って言え!」


 すると厨房の奥の方から野太い声が聞こえてきました。


 わたしたちはご飯が来るまでの間、同人イベントの話をしました。


 「いやあ、それにしても楽しかったあ。もっと早く行っておけばよかったと思うよお」


 「そうだね。でも、こんなイベントがあるなんて知らなかったからなあ。それに一人じゃきっと、知ってても行ってなかっただろうし」


 「そうかもねえ」


 「やっぱり、君と一緒だったから行けたんだよ」


 吉野くんは優しく笑って、いつものようにそう言ってくれます。……言ってくれますけれど、わたしは、吉野くんの言うことは、少し違うと思いました。


 「……いいや、きっと君はいつか行っていたよお。たとえわたしと出会っていなくってもねえ」


 そう、わたしはそんなたいそうな人間じゃありません。いつか吉野くんはわたしとは違う、趣味の合う友達を見つけて、遊びに行っていたと思います。吉野くんは、本当にいい人だから。根っこからいい人だから。いい人の周りには、自然と人が集まってくるものです。


 「で、でも僕は……」


 「でもね、吉野くん。わたしは、君と行けてよかったって思う」


 「え?」

今回と次回、実は前作との絡みがあったりします。気づいてくれる人がいたらうれしいです。

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