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二章・5

 「あ! 来た来た。おーい、こっちこっち」


 そこにはシシキさんと、それと、もう一人。


 「は、幡宮さん……」


 「吉野、くん、だよねえ? 何その恰好?」


 吉野くんはさっきまでの服装とはずいぶんと違う恰好をしていました。


 髪は全部後ろに撫でつけられていて、そして真っ黒な燕尾服を着ています。

 まるで執事みたいな恰好をしていました。みたいなというか、もうまんま執事なんですけれど。


 「えっと、なんか急にシシキさんに言われて」


 吉野くんの話によると、わたしが着替えている間にシシキさんは吉野くんもコスプレさせてしまおうと思い、吉野くんを捕まえて知り合いの男性コスプレイヤーに引き渡したそうです。そうして捕まった吉野くんは今、執事の格好をしているのです。


 そんなことってあるんですね、同人イベントって。この世は知らないことばかりです。


 「似合ってるじゃあん」


 「うっさいな」


 「なんだよお、褒めてんのにい」


 「それよりもさ、君、似合ってるね」


 「うん、ありがとお」


 わたしは素直に吉野くんの言葉を受け取ります。すると吉野くんは驚いた顔をして、そして顔を少し赤くしてしまいました。なぜでしょうか。


 「二人とも初々しくっていいですね」


 シシキさんがそう言って写真を撮ります。二人とも? わたしは特に初々しらしさは出ていないはずですが。


 「二人ともお互いの恋人に褒められて顔を赤くするなんて、かわいいですよ」


 なっ、えっ! 何を言っているのでしょうかこの方は。わたしと吉野くんとは友達同士ですし、それに別にわたしの顔は赤くないはずです。似合っていると言われたからと言って顔を赤くするような、そんな初心な女ではありませんよ。……たぶん。


 「こら、二人とも初めてなんだから、からかうな」


 はしゃいでいたシシキさんの頭を仮澤さんがぽかんと叩きました。それでシシキさんは少し大人しくなりました。


 「しかしまさか君までやってるなんてねえ」


 わたしは吉野くんの体を頭から足の先までじっくりと眺めました。吉野くんは背が高いわけではないし、がっしりした体格を持っているわけでもありませんが、まあそれなりに執事姿は様になっていました。


 まあ大目に見てあげたら、ひいき目で見てあげたら、かっこいいと言ってあげてもいいのではないでしょうか。


 「僕もまさかこんなことになるなんて思ってなかった」


 吉野くんは自分の格好を見ながら言いました。


 「君といると、一人だったら絶対に経験できなかったことができるよ」


 「いやあ、今回のはわたしなんにもしてないよお。むしろわたしも巻き込まれた感じだしねえ」


 わたしにしては珍しく、他の人に振り回されてしまいました。できればわたしは吉野くんを振り回していたいだけなのですが、まあ、こういうのも悪くないと言えばないです。


 さて、こうやってお互いの姿を見ていたって何も始まりません。


 わたしたちはそれから、この時間を楽しむことにしました。わたしはまあ好きなキャラの格好をしているのでいいのですけれど、吉野くんは、最初は恥ずかしがっていました。ですが開き直ったのでしょう、カメラを向けられるとポーズを取ったりしていました。


 そうです。それでいいのです。せっかくの機会なのですから楽しまなくてはいけないのです。


 わたしもカメラを向けられたのでそのキャラの決めポーズを取ったりします。写真を撮る方たちは特にわたしの腕のことで何か聞いてくることはなく、バッシャバッシャと写真を撮ってくれます。なかなか、気持ちのいい感覚ではあります、こうして写真を撮ってもらうのは。


 最初はわたし一人で撮られているだけでしたが、そのうち他のコスプレイヤーさんに声をかけられて、一緒に写真を撮ることになりました。


 二人で写真を撮られたり撮ったりしていたのですが、そのうちどんどん人が二人、三人と増えていって、わたしの周りには十人くらいのコスプレイヤーさんが集まっていました。よく見るとその中には吉野くんと仮澤さんもいました。


 わたしたちは初めて会った同士のはずなのに、そしてわたしはあまり人との付き合いが得意ではないはずなのに、どうしたことでしょう、まるで昔からの友人のようにはしゃいでいました。この場がそうさせているのでしょうか。


 吉野くんも、どこかの誰かと一緒に話したり写真を撮ったりしています。その顔には笑顔が浮かんでいます。


 わたしは、よかったと思いました。


 吉野くんが、楽しそうにわたし以外の人たちと話しているから。


 本当に、来てよかった。


 わたしは、嬉しくなりました。

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