二章・4
わたしはシシキさんと一緒にコスプレの衣装に着替えるためのスペースに行きました。コスプレをするにはチケットが要るそうなのですが、それはシシキさんが用意してくれました。シシキさんは自分のサークルのことがあるはずなのですが、こっちについてきています。大丈夫なのでしょうか?
ちなみに吉野くんはその辺をぶらぶらしていると思います。吉野くんはわたしの着替えを見たかったかもしれませんが、あいにくここは女性専用なのです。残念だね。
まずは服を着替えるということで、わたしは服を脱ぎました。
肘から先のない腕があらわになります。恥ずかしいわけではないのですが、あまり見られたいものではありません。わたしは、自分が普通の人と同じという考えはもちろんあるのですが、それとこれとは別です。見せびらかすようなものでもありませんし。わたしはどんなに暑い日でも、長袖を着ます。
幸いにもわたしの周りの人は、わたしの腕を見ても不快感を見せはしませんでした。
少しほっとしました。
それからわたしは他の服を脱いで下着だけになりました。知らない人の前でしたが、女性だけですし、そこまで抵抗はありません。
そして、シシキさんのお知り合いであるコスプレイヤーさんの仮澤さんから衣装を受け取り、それに着替えました。
普通の服とはずいぶんと違うので、わたしは手伝ってもらいながら着替えました。
着替えを終えて鏡を見てみると、うん、すごいです。あの子とおんなじ服を着ています。かなり興奮してしまいます。
左腕の方ですが、肘の部分で袖をバンドでキュッと絞ってあります。肘から先の垂れた袖がゆらゆらと揺れています。オリジナルのまんまです。
ですがやはりこれだけではコスプレとは呼べません。ただ同じ服を着ているだけです。それだけでもわたしとしては嬉しいのですが。服のクオリティすっげえし。
コスプレは衣装を着るだけでなく、ヘアメイクとかもしなくてはならないのです。
さらにあの子に近づくために、わたしは仮澤さんにメイクをしてもらいました。わたしは普段自分でお化粧なんかほっとんどしないし、それに人にやってもらうなんて初めてなので、ドキドキしました。
メイクが終わり、ウィッグをつけてから鏡を見ると、まるで別人です。わたしじゃないみたい。
本当にあの子が向こうの世界からこっちに飛び出してきた。自分で言うのもなんですが、本当にそう思いました。
「どう?」
「すごいですね」
仮澤さんに聞かれたのですが、わたしはそんなつまらない感想しか言えませんでした。だって、本当にすごいのですから。人は本当に感動すると、そんな単純な言葉しか出てこないのです。
「きゃあああかっこいいいいいいい!!」
シシキさんはわたしの姿を見てそう言ってくれました。嬉しいです。
シシキさんもずいぶんと興奮しているようで、「し、写真! 写真を一緒に!」と言いました。しかし仮澤さんに「アホ、ここは更衣室だ。外で撮れ」と頭を叩かれていました。どうやらお二人はずいぶんと仲がいいようです。
その後仮澤さんはシシキさんを更衣室から追い出して、自分の着る衣装をバッグから取り出して着替え始めました。
「なかなかこのコスやる人いないんだよね。腕があったらどうしても違和感出るしさ。だからあたし、あんたに会えてうれしいよ。この衣装作ったの、無駄じゃなくなったから」
仮澤さんは自分の衣装に着替えながらそう言いました。口調は淡々とではありましたが、その言葉の中には少し嬉しさが見え隠れしていました。
「もちろんあんたに腕がなかったからよかったって言ってるんじゃない。だけど、ありがとう」
「いえ、こちらこそありがとうございます。何から何まで」
「いや、むしろシシキが強引に誘ったみたいなもんだから当然だよ」
「あの」
「ん?」
「わたしは、この時だけは、わたしに腕がなくってよかったって思えます」
「そっか」
「はい」
話しているうちに仮澤さんの着替えも終わりました。仮澤さんはお顔が中世的で、それに男の人くらい背があって、そして足も長いです。ですから男装がとてもよく似合っていてかっこいいです。
「それじゃあ出るか」
「はい」
「緊張してるか?」
「いえ、今のわたしはわたしじゃないので」
「はは、いいねえ。それじゃあ行こうか」
わたしと仮澤さんは一緒に更衣室を出ました。
出た先はさっきと同じ場所です。さっきと同じようにたくさんの人がいて、たくさんの机の上にたくさんの本やグッズが並んでいます。
ですがさっきと今では見えている景色が少し違って見えました。どことなく。
「向こうの少し広いところがコスプレして写真を撮ってもいいところだ」
仮澤さんが教えてくれました。
「そこでシシキと、あと別のやつが待ってるから」
「別のやつ?」
わたしの質問に仮澤さんは答えず歩いて行きます。わたしもその後について行きました。
歩いている間、わたしたちの方にちらちらと視線が向けられるのがわかります。
その視線は、恥ずかしくもあり、嬉しくもありました。今までにない感覚です。
わたしと仮澤さんはそれなりの注目を集めながらコスプレのスペースに移動しました。