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終章

 わたしはとある病院に呼び出されました。


 別にどこかが悪いわけではありません。強いて言えば性格は悪いですが。最近ではそれも、大学で知り合った人たちや、その後で出会った人たちによって、少しずつ改善されつつあります。


 根本的なところは変わらないんですけれどねえ。


 わたしは病院の受付で用件を言い、近くに会ったソファに座りました。受付の方が人を呼んでくれるのを待つのです。


 ほどなくして、その人は現れました。


 「お待たせ、千紗さん」


 「待ったよお、翔太郎くん。わたしのことを呼んでおいてさあ、お出迎えくらいしてよお」


 「ごめんごめん、ちょっと忙しくって」


 「大変かい? 義肢装具士のお仕事は」


 「うん、今も師匠にいろいろ教わりながらがんばってるよ」


 白衣姿の翔太郎くんは楽しそうに笑って言いました。


 翔太郎くんは、義肢装具士国家試験の受験資格が得られる大学に進学し、そして見事に義肢装具士になりました。今は学生の間に出会ったというお師匠さんに付いてさらなるスキルアップを目指しながら、地元の病院で働いています。


 「君の方はどう?」


 「わたしは順調かなあ」


 「楽しい?」


 「すっごく」


 「それはよかった」


 こんなわたしですが、大学卒業後にちゃんと自分の希望通りの就職することができました。


 これも周りの人たちの支えがあってのことです。


 「じゃあ行こうか」


 「うん」


 わたしは翔太郎くんの後に続いて病院の廊下を歩きます。


 わたしは歩いている間、白衣を着ている人、病院着を着ている人、普段着を着ている人、お年寄り、若者、子ども、いろんな人とすれ違いました。


 どの人にも、その人それぞれの人生があります。最近のわたしは、そういったことに思いを巡らすことが多くなってきました。


 高校を卒業するより前までのわたしは、そんなことを考えたこともありませんでした。


 「さあ、入って」


 「おじゃまします」


 わたしは翔太郎くんの、病院にある部屋に入りました。そう言えば、実家の方の翔太郎くんの部屋にはここのところまったく行っていません。またお母様のご飯を食べたいものです。


 「それにしても病院に自分の部屋があるなんてねえ。偉くなったもんだねえ、まったく君はさあ」


 「なんでちょっと怒ってんだよ。別に部屋って言ったってほとんど作業場みたいなもんだからさ」


 吉野くんの言う通り、その部屋の中には、右手、左手、右足、左足、そのほかにもいろいろな体のパーツの形をしたものが置いてあります。見ようによっては猟奇的なお部屋ですが、もちろんそうではありません。これらはみんな、手や足がなくて困っている人のためにあるものです。


 わたしも、その一人。


 「最終調整はほとんど終わってるから、あとは君の腕につけてから、細かい調整をしていくことになるよ」


 「……初めては痛いって聞くんだけど、大丈夫?」


 「それ言い方次第で違うふうに聞こえるから」


 「違うふうってえ?」


 「い、今それはもういいだろ! まあ痛くはないと思うけど違和感があったらなんでも言ってね。あと、慣れるまでは大変かもしれない。たくさんリハビリしないといけないかも。でも」


 「わたしはそれをつけたい。どんなに大変でも」


 わたしはこれまで何度かこの病院に通い、義手をつけるための診察や、測定や、調整なんかをしました。


 それは全部、翔太郎くんがしてくれました。


 わたしは高校を卒業してからこれまで何度か、義手をつけられる機会にめぐりあいました。


 でもそれらは、全てお断りしました。


 だってわたしは、翔太郎くんの作った義手を、翔太郎くんの手で付けてほしかったから。


 「これだよ」


 翔太郎くんは机の上に置いてある一つの義手を見せてくれました。


 「人肌感がすごいね。もっと機械鎧みたいなのはないの?」


 「マンガ読み過ぎ。それに表面が機械なのは、見た目がちょっと普通じゃないしなあ。今のところ研究はされていて、筋肉の電子信号で腕や足を動かすことのできる義肢の開発も進められているんだけれど、筋電義手って言ってね、脳からの信号を電気信号に変えて腕を動かすんだ。でも日本ではあまり普及されてなくって、たしかに重たいし熱いから日常生活では不便かもだけれど、そこを改善したものを開発すればきっと」


 「あ、ちょっと、翔太郎くん?」


 「ん? あ、ごめんごめん。つい」


 「あっはっは!」


 自分の興味のあることについてそれだけ熱く語れるのは、とてもいいことです。


 だけど今はとりあえず、わたしの義手についての説明をしてほしいです。


 「君のは前も言ったけど能動義手。がんばって見た目もできるかぎり人らしくしてみた」


 「わたしはロボっぽいものでもよかったんだけど」


 「それだと外出するときとか目立つでしょ?」


 「君とデートするときとかねえ」


 「……も、もう! ええっと、それで、これは空圧とか電気じゃなくって自分の肩とか体全体の動きで腕を動かすタイプ。それの訓練がちょっと大変かも」


 「うん、がんばるよお」


 「いつか筋電義手もつけたいんだけどね。僕がもっと技術を身につけてから。今はとりあえずこれで」


 「うん、よろしくねえ」


 「それじゃあ、つけようか。そこに座って」


 わたしは装着するために、作業台の横の椅子に座りました。


 翔太郎くんはさっきまでの優しいお医者さんみたいな雰囲気からは打って変わって、真剣な技術者みたいな表情になりました。


 この顔は、とても好きです。


 かっこいいですから。


 本気で仕事をしている男の顔です。


 ついこの前まで、かわいらしい男子高校生だったのにねえ。


 なんとなくですが、一抹の寂しさを感じてしまいます。


 「はい、できたよ」


 ほどなくして、わたしの左腕に、翔太郎くんの手によって義手が装着されました。


 「おおおおお」


 体の左半分に、妙な重みを感じます。肘の先が、なんだかムズムズします。


 それから翔太郎くんの指示に従って、主に肩を使って義手を動かしてみました。これは難しいですね。上手に動かせるようになるまでは、少し時間がかかりそうです。


 そうして義手を動かすことを、半ば楽しみながらがんばって練習していると、その義手の指に、何かきらりと光るものが見えました。


 なんでしょう、これは?


 わたしはそう思い、義手の指を顔に近づけてその光ったものをよく見てみました。


 「……指輪?」


 それはわたしの義手の薬指にあたる部分にはまっていました。


 わたしの、左手の薬指に。


 翔太郎くんの顔をうかがってみると、翔太郎くんは顔を赤くしてわたしのことを見ていました。


 ……つまりこれは、翔太郎くんなりのプロポーズというわけです。直接渡せやとは、思わなくもないのですが。しかしこういうところも、翔太郎くんらしいです。


 「ねえ翔太郎くん」


 「な、何?」


 「これは強制的だねえ」


 「あ、あの、い、嫌なら……」


 「あっはっは! あっはははっはっはっは!」


 君は本当に、いろんなものをくれるねえ。


 「え、ち、千紗さん?」


 「…………嫌な、わけ、ないじゃん」


 「千紗さん……」


 「千紗、でいいよ」


 わたしは立ち上がって翔太郎くんの前に立ちました。


 「ありがとう。不束者ではございますが、これからもお付き合いのほど、よろしくお願いしますねえ。…………あなた」


 そう言ってわたしは、翔太郎くんのことを抱きしめました。


 両腕で、強く、強く。

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