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二章・3

 そうしてサークルスペースを見て歩いていると、ある人と目が合いました。むこうも、あっ、という顔をしました。


 「あ、あの! さっきはありがとうございました!」


 その人はわざわざ立ち上がってわたしたちに頭を下げました。

 そうです。その人はさっき、入り口の前で転んでしまった人です。


 その人のスペースにも本やグッズが置かれていました。


 「間に合ったんですね」


 吉野くんが聞くと、その人は「な、なんとか」と苦笑いで言いました。どうやらギリギリだったようです。


 「ええと、私はシシキっていう者です。ああ、もちろんペンネームなんですけれど。よかったらお二人も見ていってくれませんか?」


 シシキさんの言う通り、わたしたちは彼女の作品を見せてもらうことにしました。

 シシキさんはイラスト本と、キャラクターがかかれた缶バッジやアクセサリーを売っていました。


 「見本誌があるので、よかったら見てください」


 シシキさんはわたしにイラスト本の見本誌を渡してくれました。


 わたしは両手で本をもって読むことはできないので、机の上に本を置いて右手でめくりながら読みました。


 その見本誌には、とても可愛くてきれいなイラストが載っていました。中心のキャラクターもさることながら背景もとてもきれいです。正直とても好みの絵です。やばいっす。すっげえ好きです。


 缶バッジもアクセも本当におしゃれで素敵で、わたしは見入ってしまいました。


 「……い、いかがでしょうか?」


 シシキさんがおずおずと言った様子でそう声をかけてくるまで、わたしは彼女の作品に没頭していました。ここがどこだか忘れてしまうくらいに。


 シシキさんの作品は、それほどにすごかったのです。


 隣の吉野くんもじっくりとシシキさんの作品を見ていました。


 これまで、学校とか週末とかに吉野くんとお話をして、その話の中から吉野くんの好みとわたしの好みが似通っていることはわかっているので、吉野くんもわたしと同じ感想を持っていることは予想がつきます。


 わたしは、わたしたちがどう思っているのかと不安そうな顔をしているシシキさんに、ただただ素直な気持ちを言いました。


 「好きです」


 「……え、え、ええええっ!?」


 わたしが正直に気持ちを伝えると、シシキさんは顔を真っ赤にして驚きの声を上げました。


 そこまで驚くことかなあ、とわたしは思いました。シシキさんの絵はとても素敵なので、好きになるのは当然のことだと思うのですが。


 「あ、ええ、でも今日会ったばっかりだしなあ。それに、女の子同士だし。……あ、でも全然私は女の子でも……」


 シシキさんは小声で何かをつぶやきながらもじもじとしています。


 「幡宮さん、誤解されちゃうよ。それだと」


 「えええ? 何があ?」


 「とりあえず何が好きかをシシキさんに伝えてあげて」


 吉野くんの言っていることはいまいち意味がわかりませんが、まあ具体的に伝えるのは大事でしょう。


 「あの、シシキさん」


 「は、はい!」


 「わたし、シシキさんの描いた絵がとっても好きです」


 「……え? ……あ! 絵、ですね! そうですよね。絵ですよね。ええ、ええ、好きなのは絵ですよね。当たり前ですね」


 シシキさんはいったい何を言っているのでしょうか。よく見ると顔も赤いですが……。人の気持ちを推し量るのは、わたしはあまり得意ではないのでわかりません。


 「ありがとうございます。そう言ってもらえると嬉しいです」


 わたしの言葉を受け取って、シシキさんは嬉しそうに笑いました。それが嬉しそうな笑顔だってことくらいは、わたしにだってわかります。


 わたしはシシキさんの作品が欲しいと思いました。できれば全部。

 ですがさすがにそこまでのお金はありません。ですからわたしはシシキさんの作品を、目を皿のようにして見ました。見まくりました。ガン見して、吟味しました。


 するとわたしの目に、あるキャラクターの姿が描かれたアクセサリーが飛び込んできました。


 「こ、これは……!」


 そのキャラクターというのは、わたしが大好きな作品に登場する女の子のキャラです。その子はファンタジーの世界で自分の家族を守るために戦っている子なのですが、実はその子は、左腕が無いのです。


 わたしと同じように。


 だけれど、その子はそれでも果敢に戦うのです。諦めずに、くじけずに。


 わたしはその子に、共感を持って、そして負けん気や刺激なんかをもらったような気がします。


 シシキさんの描くその子はとても可愛くて、そしてかっこよかったです。


 「わたし、本を一冊と、あとこのアクセサリーを買いたいんですけど、いいですか?」


 「は、はい! もちろんです! むしろこっちがいいですかですよ! ありがとうございます!」


 シシキさんは興奮した様子でそう言い、わたしの選んだアクセサリーと本を袋に詰めてくれました。


 「いくらですか?」


 「えっと、千二百円です」


 わたしはリュックからお財布を出しました。そして机の上に財布を置いて片手で財布を開けてお金を出します。こういうとき、吉野くんが財布を持ってくれたりしたらいいのでしょうが、あいにく吉野君はわたしに手を貸さないことになっているので、自分でどうにかします。慣れているのでいいですけれど。


 しかし慣れているとは言っても多少時間はかかってしまいました。


 「すみません、もたもたしちゃって」


 わたしは何も言わずに待っていてくれたシシキさんにそう言ってお金を渡しました。


 「いえいえいえ。買ってくれてありがとうございます! あの、このキャラ好きなんですか? 私大好きなんですけど」


 シシキさんはわたしが選んだアクセサリーを見てそう言いました。


 「わたしもとっても好きなんです。なんて言うか、共感できるって言うか、わたしも同じだからがんばらないとって言うかあ」


 「ん? 同じ?」


 ……ああ、しまった。


 うっかり口が滑りました。興奮していたせいかもしれません。


 シシキさんの目はわたしの腕の方を見ていました。長袖を着ているので、言わなければ案外ばれないのですが、注視されれば別というものです。


 「あ……」


 シシキさんはわたしの腕を見て、そう声を漏らしました。


 あーあ、普通に話せていたのになあ。


 これでシシキさんは、わたしを障害者として見るようになります。普通の人は、嫌でもそうなるのです。たとえ相手が気にせずにいようとしていても、それがこちらに伝わってくるのです。


 「あの……すみません、ちょっと待ってください」


 シシキさんはそう言うと席を離れてどこかに行ってしまいました。もしかしたら、こういう人間を初めて見たからショックを受けたのかもしれません。仕方がありませんけれどね、それは。


 「幡宮さん……」


 後ろで待っていてくれた吉野くんがわたしに声をかけてくれました。


 「あの、えっと……」


 吉野くんは何かを言いたそうなのですが、うまく言葉が出てこないようです。まあ無理もないですね。こんな時になんて言っていいのかわかる人なんて、そうはいないでしょう。


 「なあにい、吉野くん? 別にわたしは何も思っていないから大丈夫だよお」


 優しい吉野くんに、わたしはそう言いました。あなたが気にすることではない、と。


 ……はあ、でも、シシキさんとちょっとくらい仲良くなれるかなって思っていたんだけどなあ。わたしも、吉野くんも、話せる相手ができるんじゃないかって。


 やっぱりこの腕じゃ、誰かと仲良くなることなんて……。


 「あのー! すみません! お待たせしちゃいました!」


 考え込んでいたわたしの耳に、離れたところからシシキさんの声が聞こえてきました。


 そちらを見てみると、シシキさんが人を連れてこちらに向かってきました。


 「はあ、はあ、すいません、時間かかっちゃって」


 「あの、シシキさん?」


 「ああ、この人は私の知り合いのコスプレイヤーなんですけれど」


 シシキさんの隣の方は「どうもー」と言いました。しかしわたしはまともにあいさつを返せませんでした。わたしは急な展開について行けていないからです。


 「あの、シシキさん、いったい?」


 「えっとですね……こんなこと頼むのはもしかしたら失礼で、それであなたを傷つけてしまうかもしれないんですけれど、でも、お願いしたいことがあるんです!」


 「は、はい……?」


 「あの、コスプレしてくれませんか?」


 「はい?」


 え、なんて?


 「あの、あなたに腕のないキャラクターのコスプレを、していただけないかなと思いまして」


 シシキさんは「たとえばこのキャラとか」と、自らが作ったアクセサリーを持って言いました。それはわたしがさっき買ったものと同じものでした。


 「こんなこと、頼むのなんて間違っているかもしれないです。けど私は、この偶然の出会いを大切にしたいんです。私と同じキャラを好きで、そのキャラと同じ体をしたあなたとのこの、奇跡みたいな出会いを。……お願いできませんか?」


 シシキさんはわたしの目をまっすぐに見て言いました。その目は本当にまっすぐで、真剣で、吸い込まれそうでした。その目はからかいとか冗談とかがシシキさんの心の中にないということを訴えていました。


 だからわたしは、こう答えたのです。


 「はい。ぜひお願いします」

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