九章・2
「それじゃあ俺はもう行く」
葬儀が終わってすぐに、父親はそう言いました。
「……やっぱりあんたは、仕事が一番大事なんだね」
「それはそうだろう」
父親は難しい顔で携帯を見ています。一分一秒たりとも無駄にしたくないようです。わたしとの会話も、お母さんの葬儀も、それらの時間は彼にとって無駄な時間なのです。
「お、お姉ちゃんはこれからどうするの?」
沙耶は心配そうな顔で言いました。
「しばらくは吉野くんの家にお世話になるよ」
「そのあとのことは? 大学は?」
「奨学金とかバイトとかで、なんとかするよ」
「それは、無理だよ。きっと」
「まあ、そうかもね」
学生がそれだけで、学費と生活費を十分に賄えるとは思えません。加えてわたしは障害者です。雇ってくれるバイト先も限られてきます。
「ねえお父さん。お姉ちゃんのこと、なんとかならないの?」
「俺の、南の家の娘はお前だけだ。他の人間の世話を見てやる義理はない」
「な、なんなのその言い方!」
「沙耶、もういいよ」
わたしは声を大きくした沙耶の肩に手を置いて言いました。沙耶がわたしのことで父親とケンカすることはありません。こんな父親でも、沙耶だけはきっと、ちゃんとしてくれるでしょう。
まあ、欠陥品のようなわたしには、彼は全く興味を示しませんが。
「いざとなったら何年かがんばってお金稼いで、それから大学に行くからさ」
大学には、どうしたって行っておきたいと、わたしは思っていました。
「だから、沙耶は沙耶のことだけ考えていればいいんだよ」
沙耶はとてもいい子です。ちょっと話しただけでもわかります。この前のと、今日と会っただけでも、この子はとってもいい子だということが、わかります。
そんな沙耶には、自分の人生を自分のために生きてほしいと思います。わたしは邪魔をしたくありません。
「…………ううん、そんなの嫌だよ。だって私たちは双子なんだから。私たちは、二人で一人だよ」
だけれど沙耶ははっきりと首を横に振って、意志のこもった声で言いました。
「沙耶……」
本当に、この子はどこまで……。
「お父さん、本当にお姉ちゃんのことを、関係ないと思っているの?」
「ああ」
「そう。……本当の本当にそう考えているのなら、私、大学行かない」
沙耶のその突然の発言に、わたしは耳を疑いました。
「沙耶、何を馬鹿なことを言っている」
わたしは、こんな人と同じ考えになるのは嫌ですが、しかし同意見でした。
「お父さんがお姉ちゃんのことを何も考えないのなら、私は大学に行かない! 合格だって断る!」
「馬鹿かお前は」
「馬鹿でもいい! お姉ちゃんのことを見捨てるくらいなら馬鹿でもいい!」
「いい加減にしないか、沙耶」
「私が大学に行かなくて困るのは、お父さんの方でしょ」
それを沙耶が言った時、それまで平静を保っていた父親の表情が、少し変化しました。
わたしたちの父親はエリート志向の強い仕事一筋の人間です。そのため、自分の子供のキャリアにもある種のこだわりを持っています。小さい頃から、彼はそんな人間でした。
だからこそ、彼は離婚をするとき、わたしではなく、二人ともでもなく、沙耶だけを選んだのです。
「お姉ちゃんを南の家に入れてとは私も言えない。だけど、学費とか生活費とかくらいは、面倒見てもいいんじゃないの?」
わたしはこの時、とても驚いていました。
沙耶でも、こんな顔するんだ。
こんな、ただただ怒っている顔。激情的な顔。
鏡を見ているみたいです。
小さい頃や、大きくなってから再会した時、沙耶はとてもお淑やかで、物腰が柔らかく、とても優しい子だと思っていました。逆に言えば、怒れない子だと、感情を爆発させられない子だと思っていました。
やっぱり、双子なんだなあ。
「…………金銭的な援助だけだ。後のことは知らん」
父親は、不機嫌そうに眉をひそめて言い、そして携帯に顔を向けたまま立ち去りました。
「なんか、ごめんね、沙耶」
「何言ってるのお姉ちゃん。当然だよ」
「ありがとう」
「うん。それじゃあ、またね」
「うん、また」
わたしたちは一度、抱擁を交わしてから別れました。まるで欧米人のようですが、ずっと離ればなれだったのですから、大目に見てください。
わたしは空を見上げました。
もう、着いたかな?
「さようなら、お母さん」




