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二章・2

 「いええええ、またわたしの方が早いー」


 「もう君に勝つことはできない気がしてきたよ」


 またしても吉野くんは待ち合わせ時刻のずいぶん前に来たのですが、わたしの方がもっと先に来ていました。


 わたしとしても、別に吉野くんより先に来たいからというわけで早く来ているのでは、必ずしもないのですけれど。


 まあそれはおいといて。


 「じゃあ早速行ってみようかあ」


 わたしたちは電車に乗って、イベントが開催される町まで移動しました。その町の駅前にある大きめのホールでそのイベントは開かれるのです。


 「幡宮さん、さっき外で待ってて寒くなかった?」


 電車の中の暖房にほっと一息ついたところで、吉野くんが聞いてきました。


 「うん、正直言うと少し寒かったあ」


 田舎の十一月下旬の寒さをなめてはいけません。もはや真冬か? と思うくらいでした。もうすぐ雪が降るかもしれません。


 吉野くんは呆れ顔で続けます。


 「まったく、そんな寒い思いまでして僕に悔しがらせたいのか」


 「いやあ」


 「照れるな。褒めてない。ほら、これ」


 吉野くんはポケットから一つ、缶を取り出しました。


 「あったかいの買ってきたから、これ飲んであったまって」


 吉野くんはわたしにその缶を手渡しました。ちょうどいい温もりがわたしの手に沁みていきます。


 ……さらっとこんなことをしてくるから、かなわないのです。


 「ありがとう」


 わたしはふたを開け、温かな液体をぐいっと喉に流し込みました。鼻の奥をコーヒーとミルクの香りがなでていきます。

 お腹の底に、缶コーヒーの温かさと吉野くんの優しさが染みわたりました。


 しばらく吉野くんと話をしていると、すぐに目的の駅に着きました。


 電車を降りて、わたしたちは駅前にあるホールの入り口まで来たのですが、まだ時間が早かったようで、会場は閉まっていました。

 ただ、会場に入っていく人はちらほらいました。その誰もが、手に大きな荷物を持っていました。


 吉野くんがその人たちを見て首を傾げています。


 「あの人たちはなんだろう?」


 「きっとサークル参加する人たちだねえ。準備するから先に入れるんだと思うよお」


 わたしたちは特にすることもなかったので、二人でそこでしゃべったり、会場に入っていく人たちを見ていたりしました。


 すると、もうそろそろ一般の人も入れるという時間になったところで、小柄な女の人が大きな荷物を一人で抱えて走ってきました。


 だけれど前が見えてなかったのでしょうか。その人は入り口の手前で豪快に転んでしまいました。


 「あららららああああ」


 その人の抱えていた紙袋の中から、本とか小さい袋とかがたくさん出てきました。それを見てわたしは、まるで人ごとのようにそう言いました。


 「わあ、大変だ!」


 しかし吉野くんはそう言うと、迷わずその人に駆け寄って行きました。ほほう、なかなかやはり、いい人です。感心します。


 「大丈夫ですか?」


 「あああああ、すみません!」


 わたしもその人のもとに行くと、吉野くんは散らばった本を集めて大きな紙袋に入れていました。


 見ているだけなのも退屈だったので、わたしも少しだけお手伝いしました。


 拾い集めるのにそう時間はかかりませんでした。二人が一生懸命だったからです。わたしは働いていないアリくらいの活躍を見せました。


 「す、すみません! ありがとうございます!」


 その人はわたしたちに何度も頭を下げてきました。わたしにまで頭を下げる必要はないのですが。


 「ああ、いえ。それよりも急いだ方がいいんじゃないですか?」


 吉野くんの言葉にその人は「あっ」という顔をしました。


 「そうですね! ああやばい時間が……。じゃあ、すみません、失礼します!」


 そう言うと彼女は急いで会場の中に入っていきました。


 「また転ばないといいけどね」


 「わたしじゃないんだから」


 彼女を見送って、わたしたちは入場列に戻ります。いったん抜けてしまったので、最後尾からですが。


 「それよりも君、いいやつだねえ」


 「なんだよ、急に。からかってんの?」


 「あはは! やだなあ、本心だよお」


 普段の言動のせいで、わたしの言葉は疑いを持って受け取られます。残念なことです。


 でも別に構いません。そのくらいがいい距離感です。むしろ何でもかんでも素直に受け止められていては、からかいがいがありません。


 「前までの吉野くんだったらさあ、あんなふうに助けたりしなかったでしょお? 目立っちゃうからさあ」


 「そうだね。しなかったかも」


 少し前から、吉野くんは変わりました。普通の人が見て見ぬふりをすることでも、吉野くんは行動します。するようになりました。


 それは社会的には目立つことなのですが、吉野くんはもうそんなことを気にすることはなくなりました。


 自分の正しいと思ったことをきちんとできる子に成長しました。


 「僕がこんなふうになれたのも、きっと君のおかげだよ。君に出会えたからだと思う」


 ……こういうことをさらっと言ってくるので、わたしは困ります。


 「あはは! そうだねえ。よかったねえ、わたしに会えて」


 照れ隠しだとばれないように、いつもの調子でわたしは言います。そうです。照れているのです、わたしは。隠さないと表に出てしまうくらいに。


 うれしはずかしとはこのことです。


 そうしてしばらくすると、一般の参加者も会場に入れる時間になりました。


 わたしたちは入り口に向かってできた列に続いて歩きました。なかなかの人数です。思っていたよりも大きなイベントなのかもしれません。


 入り口では入場料としてパンフレット代を払います。パンフレットにはこのイベントに参加しているサークルの紹介や会場の簡単な見取り図、それに広告などが載っています。こういうのを見るだけでも、胸が高鳴ります。


 会場に入ると机がずらっと並んでいて、そこには色とりどりの本や小物などが置かれていました。


 わたしたちは特にお目当てのサークルがあるというわけではないので、ひとまず会場をぐるっと見て回ることにしました。


 「うわあああ! すっごいねええ!」


 わたしはとても素晴らしい光景に思わず声を上げました。


 並ぶ机の上にあるのはサークルの方々が作り上げた本やグッズ。知っている作品から知らない作品の二次創作。そしてそれぞれのオリジナル作品。


 どれもこれも面白そうだったりかわいいものだったりで、わたしの胸はますます高鳴りました。


 「ねえねえ、どう? すごくない? すごくなあい!?」


 「君テンションがすごいね。ちょっと落ち着いたら?」


 「だってだってえええ! 初めて来たんだもん!」


 吉野くんはわたしの様子を見て呆れたように笑っていました。おそらく面倒なテンションだからでしょう。


 「吉野くんこそ落ち着き過ぎじゃない? もうちょっとこう、ワーってならないのお?」


 「いや、僕も実はこう見えてすごくドキドキしているよ」


 「ええ? 全然見えないんだけどお」


 感動が薄い子だなあ。


 ですがよくよく吉野くんの目を見ると、キラキラと輝いていました。おもちゃ屋さんに来た子供みたいに。


 ふふふ、かわいいです。こういうところ。

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