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七章・8

 「吉野くんはさあ、なんでそんなに優しいの?」


 「君はさっきもそう言ってきたけど、僕は、優しくないよ」


 「なんで? わたしにすっごく優しいじゃん」


 「それはまあ、付き合っているわけだし」


 「いいや、そういうのは普段の行動から出てくるものだからさあ、きっと君の心は元々優しいんだよ、うん」


 マザーテレサがなんかそんなこと言っていた気がします。たぶん。


 「でも、僕は中学生の頃とか、君がいじめられていることを知っていたのに見て見ぬふりをしていた。だから、優しくないと思う」


 吉野くんは向こうを向いているので、どんな表情をして言っているのかはわかりません。


 「それを気にしている時点で君は優しいんだよ。わたしは優しさの定義ってよくわからないけど、わたしに君は優しいから、君は優しいんだよ」


 「なんだか上手く言いくるめられている気がする」


 「もお、優しいって言ってんだから、たまには素直に受け止めてみたらあ?」


 「それに、それって君基準じゃないか」


 「人間なんてどうせ主観でしか語れないんだし、いいじゃん」


 たとえ吉野くんがわたしにしか優しくなかったとしても、それでもわたしは吉野くんのことを優しい人だと判断するでしょう。他の人のことは関係ありません。


 まあ吉野くんは誰にでも優しいのでしょうが。同人イベントに行ったときに、シシキさんのことを助けてあげたみたいに。あと、沙耶にもきっと優しかったんでしょうね。なんとなくわかります。


 「そう言えば、吉野くんはどうして目立つのを嫌がるようになったの?」


 吉野くんはわたしと会うまでは、目立つのや注目されるのをとても嫌がる人でした。今ではもうそんなことはありませんけれど。


 吉野くんは目立つことが嫌すぎて、早く走れるくせにがんばらず手を抜いていたことだってありました。


 周りの視線に気を遣って、周りの雰囲気に気を遣って、過ごしていました。


 「なんて言うか、あまりに徹底しすぎているなあって思ったからさあ」


 わたしは吉野くんと以前、昔の話をしたことがあります。わたしの昔の話をしたり、吉野くんの昔の話を聞いたり。


 そこで聞いた話では、吉野くんは過敏なほどに目立たないような行動をとっていました。目立たなすぎて逆に目立っちゃうなんてこともなく、それこそ職人技のように吉野くんは目立たないように行動していました。時代が時代ならスパイになっていたかもです。


 「……小学生の時、とても目立つことをしたことがあって」


 「何? 学校の窓ガラス割りまくったとか?」


 「小学生の僕に何があったんだよ。そんなことじゃないよ。それっていうのは世間一般的にはとてもいいことで、とても周りから褒められたんだ」


 「じゃあ、調子に乗ってもっと目立ちたくなるんじゃない? それだと」


 「ううん。全然。だって、目立っている僕の陰で、傷ついている人がいるってことを、その時の僕は気づいてしまったから。僕が目立つことで誰かを傷つけているんだって。それで、嫌になった。そしてそれをめちゃくちゃにこじらせて、僕は以前の僕みたいになっちゃったんだ」


 「ふうん……」


 吉野くんにも、わたしの知らない何かが、いろいろあるようです。当たり前のことですが。


 それじゃあ、その目立ってしまったことって、何?


 わたしはそう聞こうとしたのですが、毛布の温かさとベッドの快適さ、そして吉野くんの声とで完全に眠くなってしまっていました。


 わたしはそのまま、恋人のベッドで寝落ちしてしまいました。

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