七章・7
さて。
こんなバカップルみたいなやり取りはここまでです。やってて恥ずかしくなってきます。
お腹の満たされたわたしたちは、吉野くんの部屋に戻って勉強を再開することにしました。
しかし、食後にやる気なんて起きません。特に満腹になっているときなんてなおさらです。じゃあやる気があるのはいつなんだって聞かれると、困っちゃいますけれど。
やる気なんてなーいさ、やる気なんてうっそさ。寝ぼけた人が見間違えたのさ。
「ふああああ、ねむ」
やる気じゃなくって眠気が顔を出してきました。こんにちは。
寝ぼけた頭で勉強したって何の意味もありません。やるならお昼寝をした後です。しっかり睡眠をとってから集中力を回復して、事を為すべきです。
「ということで、わたしは少し眠らせていただくよお」
「は?」
吉野くんの返事も待たず、わたしは吉野くんの部屋のベッドに寝転がりました。
「いやいやいやちょっと待って待って」
「何?」
「何じゃないよ。何してんの?」
「いやあ、ちょっとお昼寝しようかなあって。お腹いっぱいだし」
「人の布団で勝手に寝るなよ。……っていうか、仮にも恋人のいる前で寝ようとするなよ。その、僕だって、男だよ?」
「知ってるよ。でも吉野くんはすごく優しいから、無理矢理襲ったりしないでしょお?」
「んっ、あ、ええっと」
直截に優しいと言われて、吉野くんは反応に困っていました。
「あっはっは! それじゃあわたしはちょっと寝るから、一時間くらいしたら起こしてね」
「ええ?」
「おやすみい」
わたしはそうしてゆっくりと目を閉じました。
「まったく……」
吉野くんはそう言うと、椅子から立ち上がってこちらに近づいてきました。見えてはいませんが、音でなんとなくわかります。
……はあ、そうは言ってもやはり男の子なんですね。わたしは近づいてきた吉野くんにたいしてそう思いました。
まあ、いいでしょう。思えばわたしたちは恋人らしいことをあまりしていません。せいぜい手をつないだとか、そのくらいでしょう。
こうして過ごせる時間もあまりありませんし、思い出作りとして、そういうことをするのも悪くないかもしれません。
段階をすっ飛ばしている気もしますが、もう気にしません。
さあ、来なさい!
わたしは全身に力をぎゅっと入れて身構えました。
そんなわたしを、何か温かいものが包みこみました。
しかしそれは、吉野くんの腕や体ではありません。
「あったかくして寝ないと風邪ひくよ。じゃあおやすみ」
吉野くんはわたしに毛布をかけると、椅子に座って机に向かい勉強を始めました。
……吉野くんは紳士でした。なんだかさっきまでわたしは失礼なことを考えていた気がします。ごめんなさい。
しっかし吉野くんにはどれだけ隙を見せても何もしてきませんねえ。半年くらい前にも、運動公園でこんなことした気がしますが、その時も吉野くんは何もしてきませんでした。プラトニックだなあ、君は。……いや、これだとわたしがやりたがりな痴女みたいになってしまいますね。違いますよ?
わたしはただ、吉野くんに何かしてあげたいなとか、一緒に何かしたいなって思っているだけで、別にそういうことじゃなくてもいいのです。
わたしは布団を手で顔まで引き上げました。吉野くんの匂いがします。ついでに枕も嗅いでおきましょうか。わたしは枕に顔を向けて呼吸をしてみましたが、なんだかとてもいけない感じの気持ちになってきたので、すぐにやめました。これ以上嗅ぐと、まずい。わたしが吉野くんを襲いかねません。
わたしはうっすらと目を開けました。吉野くんの、意外と大きな背中が見えました。吉野くんは机に向かって黙々と勉強をしています。
「ねえ?」
「寝るんじゃなかったの?」
「そんなすぐには寝れないよお。寝る前にお話したいなあ」
「小学生なの?」
「高校生ですけれど?」
「知ってるよ、うるさいな。寝るなら早く寝なよ」
吉野くんはこちらを見ずに、机に向かったままわたしにそう言います。
「いいじゃん、お話しようよお」
「……まあ、少しくらいなら」
「やった」
「で?」
「そうだなあ」
お話と言っても、特にこれといった話題はありません。こういうとき、コミュニケーションスキルが求められるのでしょうが、あいにくわたしは持ちあわせていません。
そもそもわたしは吉野くんとお話するというよりも、吉野くんのお話が聞きたいのです。吉野くんのお話を聞きながら、声を聞きながら、ゆっくりと眠りたいのです。
だからわたしは、前々から気になっていたことを質問してみることにしました。
お休み前の質問コーナーですね。なんじゃそりゃ。




