七章・2
日曜日の朝。
吉野くんからメールが来ました。
『昨日の大雪で電車、海のほうまで動いてない。だから海行けないよ。どうする?』
わたしは窓の外を見ました。
今は雲一つなく晴れていますが、昨日は一日中、しんしんと、というよりも、どっかどっかと雪が降っていました。
わたしの暮らす県は毎年雪がたくさん振ります。雪国です。だけど今シーズンは全然降らなくて、もうこのまま今年は降らないなあと思っていたのですが。
ところがどっこい、めっちゃ降りました。そしてめっちゃ積もっています。現実です。これが現実。
携帯を見てみると、昨日出ていた大雪警報はもう消えていましたが、電車は一部運休していました。
海の近くでは、電車は止まっていました。
これでは海にはいけません。いや、徒歩という選択肢もあるのですが、雪中行軍の訓練になってしまいます。わたしは今のところ、自衛隊とかに入隊する気はありませんので、そんな訓練はご遠慮したいです。
ですが、このまま家にいるわけにもいきません。こんな状況でも、わたしは家の外に出ないといけないのです。
うーん、でもどうしましょう。足場も悪く、そして電車も少ししか動いていないので、あまり遠くには行けません。
…………あっ!
わたしの頭の中に、一つ、あることが閃きました。悪魔的閃きです。
そう言えば、だいぶん前、わたしはこのことについて冗談交じりに吉野くんに言ったことがあります。そのことを、今こそ実行すべきです。
わたしはそのことについて、吉野くんにメールを送りました。
『じゃあさ、吉野家に行ってもいい?』
『牛丼屋?』
いやいや、違いますよ。
○
雪を踏みしめながら、わたしは吉野くんの家に向かいます。
吉野くんの送ってきてくれた地図を頼りに、わたしは恋人の家に向かいます。
さっき雪中行軍なんてやってられるかと思っていたわたしですが、楽しいことが待っているのなら、わたしはどんな苦行でも耐えて見せます。
吉野くんはわたしのメールを見てどう思ったのでしょうか? またこいつは急に変なことを、とか思っているのでしょうか。
まあでもオッケーをしてくれたあたり、吉野くんも案外まんざらではないのかもしれません。
いやあしかし、吉野くんも助平ですねえ、やっぱり。
口実というかなんというか、わたしが吉野くんの家に向かっている目的は、いちおう勉強をすることにあります。これでも受験生なんでね。
しっかし歩きにくいですねえ。雪に足を取られながらわたしは歩きます。
もう少しだと思うんだけどなあ。どこかなあ。
そう思いながら歩いていると、雪に埋もれた段差に気がつかず、わたしはつまずいてこけてしまいました。
「うぎゃあ! 痛い、固い、冷たい!」
予想外の固い雪に、わたしは思わず声を上げました。もうちょっと柔らかくわたしを受け止めてくれるもんじゃないのかい、雪ってのはさあ。ぽふっ、みたいな感じで。
もうなんか、岩とかコンクリみたいな固さでした。
「くっそお、べったべたになっちゃったあ」
「女の子が天下の往来でくっそおとか言うもんじゃないと思うよ」
すると近くのお家から、聞いたことのある声とともに一人の男の子が出てきました。
「なんだか聞き覚えのある悲鳴が聞こえたから出てきてみれば」
「あ、おはよう吉野くん」
「おはよう、幡宮さん。とりあえず起きなよ」
吉野くんがすっと出してくれた右手にわたしは掴まって立ち上がりました。
「ありがとう」
「どういたしまして」
「ここだったんだあ、吉野くんのお家」
「うん」
「めっちゃ普通だねえ」
吉野くんのお家はフリー素材として使えるくらいに普通の一戸建てでした。
「だめなの?」
「ううん、すっげえいいと思う」
「そう。っていうか君、すっごく服濡れてるじゃないか」
日光に当たった雪は徐々に融けていたらしくて、さっき転んだ時、わたしの服はかなり濡れてしまっていました。
「早く家入って着替えなよ。あ、シャワーする? それともお風呂の方がいいかな?」
「え? そ、そんなのいいよ! そのうち乾くしさあ」
「だめ。そのままじゃ風邪ひいちゃうだろ。ただでさえ大事な時期なんだし、体気をつけないと」
吉野くんはそう言うと強引にわたしの手を引いて吉野くんの家に連れていきました。連れ込まれました。
……力、けっこう強いなあ。やっぱり、男の子なんだなあ。
吉野くんが家の玄関を開け、わたしは吉野くんの家に初めて足を踏み入れました。




