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六章・3

 「……ごまかしてるってわかるのなら、つっこんでほしくないなあ」


 「つっこむよ。つっこんで、踏み込むよ」


 吉野くんは、真剣な顔でそう言ってきました。


 「僕も、沙耶さんも、君のことが心配なんだから」


 心配なのは知っています。吉野くんも、沙耶も、優しい子だから。


 「でも、これはわたしの問題だから。それに、わたしは二人とも好きだから、大好きだから、だから、巻き込みたくない」


 わたしは、吉野くんとは楽しい時間だけを過ごしたい。それに、これからもし沙耶とも過ごす時間ができたら、わたしは普通の双子の姉妹として過ごしたい。嫌な時間を、暗い話を、わたしはこの二人と一緒にしたくない。


 だから、わたしの問題はわたしだけで抱える。


 「ううん、巻き込んでいいんだよ。だって、僕は君の恋人なんだから。それに」


 「私だって、お姉ちゃんの家族だよ」


 二人のその言葉を聞いたとき、わたしの心が、感じたことのない何かを感じ取りました。


 ……でも、この二人の優しさに甘えちゃいけない。


 「幡宮さん、君は、君のことだから甘えたくないとか思っているかもしれない」


 吉野くんはわたしの心を見透かしたようなことを言いました。


 「でも、前に君は言ったよね。頼るってことは甘えるってこととは違うって。甘えないっていう君の姿勢はとても立派だよ。だけれど、僕たちには頼ってもいいんじゃないかな?」


 「そうだよお姉ちゃん。……頼られないって、こっちもけっこう辛いんだよ?」


 ああ、ああもう、まったく、この二人は。


 「……はあ、二人とも、わたしのこと好きすぎない?」


 こんな面倒な問題抱えてるやつに頼られたいって、どんなんですか。


 ドMか、超お人よしか、それか、わたしのことが大好きかの、どれかですね。全部かもしれません。


 「私は、お姉ちゃんのこと大好きだよ」


 「ぼ、僕も、その、大好きだよ」


 「やめてあああ、やめてえええ」


 死ぬほど恥ずかしいからやめてください。お願いします。君らの目がまっすぐすぎるのがさらに恥ずかしさを増長させています。


 「……うん、わかったよお。本当の本当に困ったことになったら、わたしは二人に頼ることにする。……二人とも、ありがとう」


 わたしがそう言うと、二人はそろってほっとしたような表情になりました。なんだその顔は。


 ……まったく、かわいい二人です。


 二人だけの味方だけれど、わたしにとっては米軍よりも頼りになります。


 「じゃあまあこの話はそういうことで。それでさあ、沙耶はどこの大学行くのお?」


 「私はもう推薦で決まってるの。けっこう近いから、家から通うつもり」


 「へえ! さっすが沙耶だあ」


 わたしが褒めると沙耶は嬉しそうに笑いました。沙耶は小さい時から勉強も人付き合いも上手だったので、推薦をもらえるのは当然だったのかもしれません。素直でかわいい子ですし。教師受けもいいでしょう。いや、僻みじゃないですよ。自慢です。


 「お姉ちゃんは?」


 「うーん、まだ決めてない。いくつか思ってるところはあるんだけどねえ」


 「県外?」


 「たぶん」


 「そうなんだ。吉野さんは?」


 「僕もまだ決めかねてるなあ。センターの結果次第かも」


 「一緒の大学にしようとは思わないの?」


 沙耶のその一言に、わたしははっとしました。


 わたしは高校を出たら、吉野くんと離ればなれになることが当たり前のことだと思っていたからです。だけど、一緒の大学に行くなんていう選択肢があるなんて。


 「でも、無理に一緒にすることはないかなあ」


 「そうだね。それで自分の進路を決めるのは違うと思うし」


 わたしと吉野くんの意見は一致しました。そんな頭すっかすかのカップルみたいな進路の決め方をするほど、わたしたちは馬鹿ではありません。


 「へえ、そうなんだ。じゃあ、大学に行ったら遠距離になるんだね」


 でも、たしかに沙耶の言う通り、そういうことになってしまいます。偶然にもわたしと吉野くんが同じ大学に進学しない限り、わたしは吉野くんに毎日会うことは、できないのです。


 それを考えてしまうと、具体的に想像してしまうと、それは当たり前のことだと思っていたはずなのに、少しだけ寂しくなります。


 こうして話していると、いろいろ、先延ばしにしていたことが明らかになっていきます。


 わたしは無意識に考えないようにしていたのかもしれません。吉野くんと一緒にいられるといういつもが、いつの日かなくなってしまうということを。


 「でもまあ、今は遠くにいたって連絡を取り合うくらいはできるからねえ。大丈夫だよお、きっとさあ」


 「そうだね。テレビ通話とかも今じゃ普通だし」


 吉野くんもこう言っています。うむ、これなら安心安心。離れていたってずっと一緒です。


 「そういうこと言ってるカップルに限って連絡が疎かになってだんだん疎遠になっていくんだから、気をつけないといけないよ?」


 沙耶はまるで百戦錬磨の恋愛マスターみたいなことを言ってきました。知らない間にこの子は、いったい何をしてきたのでしょうか?


 「だから、とにかく暇を見つけて会いに行くことが大事。実際に顔を合わせるのとそうじゃないのは、全然違うんだから」


 そこからわたしと吉野くんは、沙耶の遠距離恋愛講座を受講しました。不定期開催です。開催場所はどこかの喫茶店です。


 わたしたち三人は、そうして楽しい時間を過ごしました。それはまるで昔からの親友同士みたいでした。まあ、昔からの親友なんていないので、実際どうなのかは知りませんが。

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