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六章・1

 大みそかも、お正月も、大したことは何もせずに過ごし、気がつけば冬休みも終わりました。


 家にこもって食っちゃ寝しているわけにもいかなかったので、わたしは冬休みの間はずっと、一人で街中をぶらぶらとしていました。年末年始にもかかわらず営業しているお店があることは、ありがたいことに感じました。こんな時にも働いていらっしゃる店員さん方に、わたしは心の中で手を合わせました。感謝感謝。


 冬休みの間、吉野くんには会いませんでした。


 年末年始くらい、家でのんびりさせてあげようというわたしの心づかいです。それにセンター試験も間近ですし。勉強しませんと。そう言えば、もう少しでセンター試験が廃止されるそうですね。まあ、それで変わることと言えば教育機関と生徒の負担だけでしょうが。


 ともあれ。


 わたしと吉野くんは始業式の日に、おおよそ一週間ぶりに再会しました。


 「久しぶり、幡宮さん」


 「うん、久しぶりい」


 「あけましておめでとう」


 「うん、おめでとお!」


 「今年もよろしく」


 「うん、よろしくう!」


 そんなあいさつを交わせたことが、わたしは嬉しかったです。単純です。


 今日は始業式が終わったら、それからもう放課です。センター試験まであと十日もないですから、普通の高校生なら勉強するのでしょうが、わたしと吉野くんは「年始からやる気なんてあるわけねえ」ということで、遊ぶことにしました。クソ学生です。ですが恥じることではありません。余裕の表れというものです。


 さて何をしようか? どこに行こうか? わたしが考えていると、吉野くんがこう言いました。


 「ちょっと、行きたいところがあるんだけれど、いい?」


 吉野くんからそういうふうに提案してくるというのは、珍しいことです。


 「うん、いいよお!」


 わたしはその珍しいことに嬉しくなり、すぐに了解しました。


 いったい吉野くんは、わたしをどこに連れていってくれるのでしょうか?


 ……もしかして、きらびやかなお城みたいな建物で、ご休憩っていうことでしょうか?


 うーん、まいったなあ。だって、まだ、心の準備が、ねえ。それに下着も上下バラバラですし。

 でもまあ、嫌じゃあないしなあ。付き合っているわけなんだし。


 はあ、わたしもとうとう大人の階段を上るのかあ。




                   ○



 そんなことはありませんでした。吉野くんは別に、助平野郎ではありませんでした。


 期待をしていたわけでは……ありませんが。


 吉野くんはわたしを電車に乗っけて、とある駅の前に連れていきました。わたしはここに来たことはありません。一人の時もけっこういろんなところに行ったような気はしますが、不思議なことにここには一度も来たことがありません。


 「で、吉野くん? どこに行くの?」


 まさか駅が目的地ということではないでしょう。大きな駅ならともかく、ここは普通の、何の変哲もない駅です。


 「うーん、もうすぐだと思うんだけど……」


 「もうすぐ?」


 吉野くんは何かを待っているような感じでした。いったい、何を?


 「すみませーん! 遅れてしまいました!」


 「あ、来た来た」


 誰が? と思ってわたしは吉野くんの視線の先を追いました。


 「え?」


 そこには、よく見慣れた顔だけれど、十年以上見られなかった顔がありました。


 「さ、沙耶っ!?」


 思わず、素の驚いた声が出ました。


 「お姉ちゃん……」


 そこにいたのはわたしの双子の妹の、沙耶でした。生き別れの妹が、もう二度と会えないだろうと思っていた沙耶が、そこにいました。


 「な、なんで!?」


 「お姉、ちゃん…………お姉ちゃん!」


 「わっ!」


 沙耶は目の端に涙を浮かべると、突然わたしに抱きついてきました。


 なんなのでしょうか急に。まさかこの子は知らない間に百合に目覚めてしまったのでしょうか? それはそれでわたしとしては、まあ歓迎できることなのですが。ですがさすがに近親なんとかはちょっとどうかと思いますぞ?


 …………っていうふうに、ちょっと冗談でごまかさないと、無理。


 わたしも、泣いてしまいそうです。


 わたしも沙耶の背中に右手を回しました。このときばかりは、両手で抱きしめてあげられないことを残念に思ってしまいます。


 だから、せめてもと、わたしは片手に力と想いをいっぱい込めて沙耶を抱きしめました。


 「大きくなったね、沙耶」


 「うん、お姉ちゃんも」


 わたしたちはしばらくお互いの息遣いを確かめるように、抱きしめ合いました。

 ここに、沙耶がいる。たった一人の妹の沙耶がいる。それを確認するように、わたしは沙耶を抱きしめました。


 「でも、なんで沙耶がここに?」


 「吉野さんが連絡をくれたの。この時間に、ここで待ち合わせをしましょうって」


 「……はあ?」


 「私、実は吉野さんと去年お会いしてね、そこで連絡先を交換したの。それからも、たまに連絡を取り合っていて。近況とかを……お姉ちゃん?」


 わたしは沙耶をいったん解放し、横にいた吉野くんをじろりと睨みつけてこう言いました。


 「な、何? 幡宮さん?」


 「ねえ吉野くん、なんで沙耶と連絡取り合ってんのお? そしてなんでそれをわたしに言わないのお? ねえ? ねええ? ねえええええ?」


 「え、あ、いや、あの……」


 吉野くんは額からたらたらと汗を流しています。おかしいですね、寒い冬なのに。まるで浮気がばれた男の人みたいです。目なんてもう、競泳選手に負けないくらいに泳いでいます。


 「ねえ、ねええ、ねええええええ?」


 わたしは笑顔で、にっこり笑顔で、吉野くんに詰め寄りました。


 果たして、吉野くんの目にわたしはどう映っていたのでしょうか? 希望としてはかわいい美少女ですが、もしかしたら、鬼か大蛇に映っていたのかもしれません。

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