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五章・1

 「おい吉野くん」


 「急になんだよ? おいって」


 「やべえぞ」


 「何が?」


 「もう、年末だ……!」


 十二月二十九日。わたしは衝撃を受けました。


 え、もう今年終わりですか?


 「一年がめちゃくちゃ早く感じちゃう」


 「君はもうおばあちゃんなの?」


 「いや、女子高生だけれど」


 「知ってる。で、年末だから何なのさ」


 「年末が来るってことはさあ、すぐに年始が来るってことだよねえ」


 「だね」


 「だからさあ、神社に行こうぜえ」


 「はあ?」


 吉野くんはまるで阿呆を見るような目でわたしを見ています。


 「なんなのその目は?」


 「いや、普通神社に行くのは正月なんじゃ」


 「いや、正月なんかに神社に行ったら死ぬほど混んでんじゃん。やだよ、そんなところに行くの」


 「なんなんだよ」


 「だからさあ、今から行こうぜえ」


 「え、今から?」


 「今日は終業式だから、学校半日で終わるじゃん。だから行けるじゃん。もしかして用事あったりする?」


 「いや、ないけれど」


 「じゃあ、けってええ!」



                    ○



 お昼を学校で済ませてから、わたしたちは高校を出ました。


 外はかなり寒く、もしかしたら明日か明後日くらい、雪が降るかもしれません。


 「そう言えばさあ、平日に学校以外で一緒にいるって珍しいねえ」


 「そうかもね」


 わたしたちは今まで、週末を一緒に過ごすことはしてきました。だけれど、放課後を一緒に過ごすことはありませんでした。


 まあ、今年の締めくくり、というには二日ほど早いですが、とにかく今年最後に、放課後を吉野くんと一緒に過ごすのも悪くないでしょう。三十日と三十一日は、さすがに吉野くんも家にいるでしょう。


 わたしたちが放課後を一緒に過ごすなんて、まるで普通の学生みたいで、わたしはなんだかおかしくなっちゃいました。


 「ところでさ、僕たちは今どこに向かっているの?」


 「ちょっと歩いたところに神社あるの、知らない?」


 「知らない」


 「あ、そうなんだあ。あるんだよお、小さいけどねえ」


 こじんまりした神社が学校の近くにあります。わたしはけっこう、そこが好きです。その神社はなんだか静かで、落ち着きます。


 歩いている間、わたしたちはいろいろな話をしました。くっだらない話ばかりです。


 でも、それが、その時間が、わたしにとっては何よりかけがえのないものでした。


 その道中、わたしも吉野くんも寒かったからなのか、どちらからともなく、手をつなぎました。わたしの右手と、吉野くんの左手がつながりました。


 とっても、温かかったです。



                   ○



 わたしたちが神社に着いたとき、境内には誰もいませんでした。それもそうかもしれません。こんなくそ寒い、しかも十二月二十九日という中途半端な日に神社に行こうなんてやつは、なかなかいないでしょう。


 「神様も今は正月に向けて休んでそうだね」


 「いやいや、神様なめちゃいけないよお? やつらはいつでも休んでる」


 神様たちがせっせと働いているのなら、不幸な人は世界中のどこにも一人として存在していないでしょう。


 「じゃあ、神社に来る意味がなくなるじゃないか。お願いする相手がいつも休んでるんなら」


 「別に神社に来たのは神様にお願いごとをするためじゃないよお」


 「じゃあ、何をするの?」


 「神社には、逃げ道をなくすために来るんだよお」


 「逃げ道?」


 吉野くんは全く分かっていないといった感じで首を大きく傾げます。


 ふっふっふ、ならば教えて進ぜよう。


 「神社ではさあ、神様に向かって決意を表明したり目標を絵馬に書いたりするじゃん?」


 「うん、するねえ」


 「それってさあ、神前で決意してんだからさあ、覆したらだめじゃん? 特にさあ、絵馬なんて神前どころか不特定多数に向けて目標を開示してるじゃん? それはもう、逃げられないでしょお」


 「……どういうこと?」


 「なんだ君は、理解力が足りないなあ」


 「うっさいなあ」


 「とにかく、不退転の決意をできるってことお! いいから、ほら、行くよお」


 わたしは吉野くんの手を取り、一緒に手水舎に行き、手を洗い、口を清めました。


 「君は特に口を清めないといけないよ」


 「どういう意味かは聞かないけれどその通りだと思うからそうするよお」


 わたしは念入りに口を清めました。水はとっても冷たくて、夏なら気持ちがいいかもなのですが、冬は単なる修行です。


 体と心をきれいにしたわたしたちは拝殿に向かいました。奥の本殿にどんな神様がいるのかは知りません。興味も特にありません。


 「神社ってのは手を打たなくっちゃいけないんだろうけど、わたしはできないんだよなあ」


 「じゃあ君の分も僕が拍手しておくよ」


 そんな吉野くんの提案にわたしは乗っかることにしました。


 吉野くんが自分の分プラスわたしの分手を打ち鳴らし、わたしは隣で右手を顔の前に立てていました。


 吉野くんは、どんなことを心の中で想ったのでしょうか。聞くなんて無粋なことはしません。気になりますけれどね、やっぱり。

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