三章・4
「…………ぇ、………ねえ…………さん、……ねえ、幡宮さん」
「……ん? …………んあ?」
「起きなよ、幡宮さん」
「……え、なに、誰? ……吉野、くん?」
「なんでこんなところで寝てるんだよ」
「え、わたし、寝てた?」
わたしは体を起こして周りを見てみました。
そこは見慣れた高校の図書室でした。わたしはどうやらそこの椅子に座って、机に突っ伏して寝ていたようです。
「もう昼休みだよ。何してんの?」
「……はあ? 昼休み?」
またまた、何言ってんだろうねえこの人は。わたしはさっき学校に来たばかりですぜ?
そんなまさか昼休みなわけないじゃんと思って、わたしは時計を見てみました。
短い針と長い針はしっかりと、我が校に定められている昼休みの時間を指し示していました。
「えええっ! まじですかいなあ!」
わたしの記憶の中では、時計くんは七時半から微動だにしていなかったはずなのに。
「なんだよその口調は。で、何してたの? 授業にも出ないで、ここで寝てたの?」
「いやいや、なめんなし」
「いやなめてないけど」
「わたしはねえ、人助けをしていたのですよお」
「人助け? 君が?」
「なにさあ、その言い方あ。まるでわたしが人助けをしない人みたいにさあ」
「誰を助けていたの?」
「誰って、そりゃあ……」
あれ? そう言えばあの子の名前を知りませんし、聞いてもいません。
わたしは吉野くんにその子の特徴を伝えました。吉野くんは「見覚えはない」と言いました。
「とにかく、わたしはその子の本を見つけてあげたんだよお。信じてよお!」
「いや、まあ、信じていないことはないんだけれど」
「そういやあ、あの子は?」
わたしは図書室をきょろきょろしてみました。だけどあの子の姿はありません。さすがに自分の教室に戻ったのでしょうか? だけど、寝ているわたしを放っておくことはないでしょうに。そんな優しさはいりません。
「僕が来たとき図書室には君一人だったけど」
「そう」
「まあ、君にもなんだかいろいろあったってことだね。さあ、早く戻ってお昼食べよう」
「……うん、そうだねえ。お腹すいちゃった」
「寝てただけなのに?」
「だあかあらあ、人助けしてたんだってばあ」
「はいはい」
わたしたちはそう言い合いながら、自分の教室に戻りました。
……あの子は、本を返せたのでしょうか。わたしは本を見つけただけですので、その後のことはあの子次第です。
○
後日、わたしがあの本を探しに図書室に来ると、普通に見つけることができました。
どうやら、あの子はちゃんと、本を返すことができたようです。よかった、よかった。
さらに後日、学校で流れているあるうわさをわたしたちは耳にしました。ちなみに友達のいないわたしと吉野くんがどうしてそんなうわさを知っているのかというと、単純に、教室で交わされている話を盗み聞きしただけです。
そのうわさっていうのは、この間まで図書室でたびたび目撃されていた幽霊が、ある日を境にぱったりと姿を消したというものです。
幽霊が出るっていううわさすら知らなかったわたしたちには、あまり関係のない話ですがね。
さらについでの話なんですが、わたしはあの子を見かけることは、あれ以来二度とありませんでした。
あの本を読んだ感想、ちょっとだけ話したかったのになあ。




