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三章・2

 「あ、の……」


 「…………」


 「あ、の……、す、みませ、ん……」


 「…………ん、え?」


 わたしは聞こえてきたその声の方に顔を向けました。


 そこにはわたしと同じ制服を着た女の子がいました。髪が長くて、肌が白くって、和風美人だなあっと、かわいいなあっと思いました。基本的にわたしは、かわいい女の子とかわいい男の子は好きです。なんなら大好きです。


 それにしても……誰でしょう? わたしに学内で知り合いは吉野くんしかいません。それに自慢ではありませんが、わたしは他人から声をかけられるような人間ではないのですがね。


 わたしのいる学校は、女子生徒はリボンの色で学年がわかるのですが、彼女は一年生のリボンをしていました。


 その子はわたしに消え入るような声で言います。


 「あ、の……本を、返しに、来たのです、けれど」


 「そう。でもわたし図書委員とかじゃないから、何もできないよ」


 「いえ……あの、そういうわけ、ではなくて」


 なんか歯切れが悪いなあ。内気な子なんでしょう。しかし、内気なのに見も知らないであろうわたしに声をかけるとは。変な子だなあ。


 と思っていたら、わたしはその子の変なところを、見つけました。


 「君、そう言うけど返す本は? どこ?」


 その子は手に本を持っていませんでした。それにかばんを持っているわけでもありません。まさかポケットに? ですが制服のポケットに入る本なんて、百均で売っているなぞなぞのちっちゃい本くらいでしょう。当然ですが、高校の図書室でそんなものを貸し出してはいません。


 「……えっと、持って、いないです」


 「持っていなかったら返せないんじゃないの?」


 「はい……」


 「…………んもおおおー、いったい何なの? 言いたいことがあるのならはっきり言ってくれないかなあ」


 我慢しきれなくて、わたしはそう言ってしまいました。わたしも案外、短気なようです。


 「……えっと、その、借りた本を、なくしてしまって……それを、探して、図書室に返したい、です」


 「ふうん、そういうこと」


 「それで、一緒に、探して……ほしいんです」


 その子は胸の前で両手を合わせてわたしにお願いしてきました。


 ……ふむ。


 「……ま、いいよ。一緒に探してあげるよ」


 「本当、ですか……?」


 「うん」


 残念なことにわたしはかわいい子に弱いので、無下に断ることはできませんでした。わたしの性癖が憎い。


 「それでどこでなくしたの?」


 「……ここです」


 「図書室?」


 わたしが聞くと、彼女はこくっとうなずきました。


 「そっかあ」


 よりにもよって図書室で本をなくすとは。木を隠すならなんとやらですねえ。


 「いつなくしたの?」


 「ずっと……前です」


 そうなると、床に落ちているというような簡単な話にはならないでしょう。もしも本が落ちていたら、普通は本棚に戻されます。


 ……んん? わたしは自分で自分の思ったことに疑問を持ちました。

なら別にわざわざ探し出して返さなくってもいいんじゃないでしょうか。だってどうせそれはもう、図書室に戻っているのですから。


 ですがその子にそう伝えても、それではいけないと言います。


 「私が、私の手で……ちゃんと、返さないと、いけないんです」


 「そう」


 何のこだわりがあるのでしょうか。真面目なんでしょうか? 真面目というか堅物って感じではありますけれど。


 まあ彼女が納得してくれなければ仕方がありません。


 「じゃあ返すためにも見つけないとねえ。タイトルは?」


 彼女が口にしたその本のタイトルは、わたしが今まで読みたいなあっと思っていながら、全くめぐりあえなかった本のタイトルでした。おいおい、それじゃあますます本気で探さないといけないじゃあねえか。わたしはいっそう気合を入れました。


 「へえ、あの本読んだんだあ。好きなの?」


 「はい……とても……」


 「そっかあ」


 「だから……他の人にも、読んでほしい、です。……だから、返したい」


 「……ほお」


 その考えはわからなくありません。面白い本や大好きな本は他の人にも、是非読んでほしいと思うのは当然です。読書家の性みたいなものです。


 しかしその後、それ以外の手がかりを聞いてみても、その子から大した情報を得ることはできませんでした。


 わたしたちがもっている手がかりは、その本のタイトルと作者名、そしてその装丁だけです。それだけの手がかりで、この図書室の中から一冊の本を見つけ出そうというのは、なかなか阿呆な試みな気もしますが。


 それに、それを始業までにしないといけないっていう縛りもあります。授業をさぼるのは構わないのですが、吉野くんを、あの教室に一人ぼっちにはしたくありません。


 あと何分くらい余裕があるのでしょう。わたしはそう思い時計を見てみました。


 そして、わたしは自分の目を疑いました。


 さっき、図書室に入った時に時計を見てから、時計の針はまったく動いていなかったのです。


 本当に、一ミリたりとも。


 ふむ、どういうことでしょうか。見間違えたのでしょうか。それとも時計の故障? ですがこの高校の時計は、たしか先週一斉点検をしていたはずなんですけれど……。


 ……まあ、時間に余裕があるということはいいことなのでしょう。気にするようなことではありませんね。


 「とりあえず、手分けして探そうか」


 わたしがそう言うと、その子はうなずいて本棚の間に入っていきました。


 さて、わたしも探すことにしましょう。

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