三章・1
朝になって、わたしは目を覚ましました。
わたしは目覚まし時計とか、アラームを設定しなくても、朝になると体が勝手に起きてしまいます。なぜかと言うと、部屋に朝日が直接射し込んでくるからです。お日様の光を浴びると人間の体は、否が応でもスイッチがオンになります。
ですから夏は早起き、冬はなかなか起きられません。今の時期は、少し目覚めが遅くなっています。
まあ、そんなことはおいといて。
とりあえず、学校に行く準備をしなくてはなりません。
正直学校なんて、行く意味がないのですが、家にいるよりはましです。
家にいないために、わたしは学校に行くのです。
今は、吉野くんに会うためっていう理由もありますけれど。
昨日はお風呂に入っていないので、シャワーだけでも浴びましょう。
わたしはお風呂場に行ってシャワーを浴びました。気分もさっぱりします。
体をしっかり拭いて制服を着ます。
朝ごはんは学校に行く途中にあるコンビニでパンでも買いましょう。家で何か用意するのは、あまりに億劫です。
わたしはリュックに荷物を入れて、それを担ぎます。まあ、詰めるような荷物なんてろくにないのですが。教科書類は、ほとんど捨てました。べったべたのぐっちゃぐちゃになったので。
今、教科書は全部吉野くんに見せてもらっています。今のところ奇跡的に、わたしたちの席はずっと隣同士です。
「いってきます」
わたしは玄関に、そう言って家を出ました。
今日も、いい天気です。
○
コンビニで買ったパンをもぐもぐと食べながら、わたしは学校へと続く道をゆっくりと歩いていました。パンというのは片手でも楽に食べられるので良いものですね。他にも、おにぎりとか。発明した人に、わたしは感謝します。
冬の朝の空気はまるで鋭い刃物のようで、わたしの絹のような肌に容赦なく突き刺さります。うう、痛寒い。
上着かマフラーくらいあればいいのですが、あいにくそんなものを買う余裕はありません。吉野くんと遊ぶことをやめればお金も浮くのですが、そうするくらいなら凍え死んだほうがましというものです。
わたしは右手に息を吐きかけながら歩きました。あまり効果はありません。
ゆっくり歩いていたつもりでしたが、寒さのためか自然と早足になっていました。おかげでいつもよりもずいぶんと早く学校についてしまいました。
わたしは昇降口で靴を履き替えながら考えました。今教室に行ったって吉野くんはたぶんいません。来るとしても三十分くらい後でしょう。なら教室に行ったってしょうがありません。そうだ、図書室に行きましょう。
半年ほど前までは自分の本を持って来て教室で呼んでいたのですが、何か月か前から汚されたり盗まれたりするようになったので、今では持って来ていません。
なのでわたしは図書室に通うようになりました。
この高校の図書室は朝早くから開いています。この学校の数少ないいいところです。
わたしは図書室に向かいました。図書室の扉は開いていますが、中には誰もいないようです。それはそうでしょう。こんな時間からいるのは図書室の地縛霊くらいです。きっと借りた本を返せずに、その後悔で縛られているのでしょう。
この図書室は小説が豊富にあります。それにジャンルも多岐に渡ります。選びたい放題というわけです。司書の先生に感謝したいと思います。
わたしは本棚の間を、本の背表紙を眺めながらゆっくりと歩きました。わたしは本を読むのが好きなのですが、こうして本を眺めているだけでも楽しくなってきます。
まだ読んだことのない本がこれほどあるのかと思うと、まだまだ死んではいられないなと思います。
今は目立たない程度にいじめられているわたしですが、小学生と中学生の時は、今よりも露骨にいじめられていました。誰が見てもわかるほどに、一目瞭然にいじめられていました。
ですが学校にいる人たちは見て見ぬふりをしました。生徒はもちろん、教師もです。きっと面倒だったのでしょうね。
そんなとき、わたしが逃げ場所に選んだのが図書室です。図書室では騒いだりすると怒られますし、それに図書室にわざわざ来てまでいじめようとする人はいませんでした。
もともと小さい頃から文字を読むのは好きだったので、逃げ場所としてはちょうどよかったです。
わたしは本棚の周りをしばらく歩き回った後、一冊の本を手に取って椅子に座りました。
わたしが手に取ったのは、たくさんの女の人を誘いまくり、そして無理心中をしまくったあの人が書かれた本です。この作家さんは、人としてはちょっと嫌いなのですが、作品は好きです。そういうのって、よくありますよね。
時計を見てみると、始業の時間まで三十分くらいあります。吉野くんはいつも、始業の五分くらい前に教室にやってくるので、それまでここで本を読むことにします。
一枚一枚、じっくりと読みすすめていきます。わたしはあまり読むスピードは速くありません。片手だけでページをめくらなければいけませんし、それにわたしはじっくり考えながら読むからです。
大事に大事に読むからです。
そしてわたしは恥ずかしながら、一度本の世界に入り込むとなかなか抜け出せません。だからわたしは教室でも、騒がしくて、それにわたしに嫌がらせをしてくる人間がいる教室でも、集中して本を読めたのです。まあ、静かに越したことはないのですが。
ともかく。
そういうわけで、わたしはわたしに近づいてきていた人に、声をかけられるまで気づくことができませんでした。




