八、クローディア(2)
さて、ここでわたしたちは向かいの山小屋へと視点を移さなければならない。
「それで、もう入れたわけ?」机に頬杖を突きながら、渋面のペーペルコルンは言った。
鎧を脱いで、今は私服に着換えていた。麓の村娘と言っても通りそうな姿であった。
常に臨戦態勢でいきたいところだが、肩が凝るのでそうも言っていられない。
退屈至極と言ったような様子である。既に持ってきた本は全て読み尽くしてしまっていた。
「余りにも簡単過ぎて呆気なかったよ。ハンスも協力してくれるってさ」
「そのカストルプ青年が案外曲者かも知れない。院長に紹介しますと言って引き伸ばして、なし崩しにする策なのかもね」半信半疑でペーペルコルンは言った。
「いや~、あれは、そんな感じじゃなかったよ、二つ返事でオーケーしてくれた」クローディアは勝ち誇った笑みを浮かべた。
「なにそれ、ちょっろー、それが事実だとすると、クローディア、あんた都合の良い木偶人形を手に入れたってことになるわね」
「まあ、ハンスはいいとして、問題になるのはその他の住人さね。院長はどうも眼が節穴系に見えたけど、その横にいたクロコフスキーとか言う女医がこれまた厄介そうではあったよ。利害で上手く抱き込めればこっちのものだけどね。あとハンスのいとこ、女の子だけど男の子のふりをしているという感じのやつのようで、余り物を深く考えるタイプというのじゃあなさそうだったが、非協力的なので、後々問題を引き起こす可能性もあるだろうね。それからまだ他の住人の得体が知れない。潜入捜査は暫く必要だ」
「そんなの全部手っ取り早く解決しちゃうじゃない。ノーベル博士の落とし胤で爆砕しちゃえばすぐよ」
ラインバークの鉄橋爆破はこの少女の手によるものだった。
「そう言う風に何でも爆破爆破では得られる物も得られなくなるよ。どう言う風に欧州全土の時間を停滞させてるかも分かってないからね、こっちは。取り返しのつかないことになっても知らないよ。全く、こんな力押しの馬鹿が上司だって言うんだからねえ」
「だって、実際力で解決できないことはなかったし」
暴力を以て全てを制す。これ以上にスマートなやり方はない。
これがペーペルコルンの思想信条だった。生まれてすぐに両親から捨てられ、孤児院で育った彼女は、『エンス・ボート』に拾われ、体術や重火器の扱いを教え込まされた。
曰く、この世は弱肉強食である、少しでも弱みを見せたらつけ込まれる、だから、逆らうものへは容赦のない所置を行うべきだ、そういう考えを植え付けられた。
全身これ、生ける殺戮兵器へ。少なくともペーペルコルンは、自分がそうなることを望んでいた。
口では偉そうな事を言ってるやつらでも、ちょっと武力を以て脅してやれば平気で地面に顔をつけて謝ったし、靴も舐めてきた。ペーペルコルンの力の前に屈服したのである。
力こそ全て。都合が悪い存在は消せ。ベルクホーフを破壊しようと考えたのも当然だった。
なので表向きは親しげに話していても、ペーペルコルンは部下に然程の信頼は持っていない。
「世の中はね、ペトラ、何でも力じゃないよ。第一、北風と太陽の寓話もあるじゃん。優しく照らしてあげることも必要だ」
クローディアは長く生きている面、ペーペルコルンよりも涙脆く、人情を信じたい気持ちを持っているようで、非情な命令を下されると、ことある毎に突っかかってくるのだ。
それが疎ましくてならなかった。
しかし、クローディアは無能ではない。割り切れば誰よりも冷酷に相手を殺せるし、ペーペルコルンが戸惑うような惨い仕事すらも平気で行うことができた。
「じゃあ、あなたの好きにしなさいよ、シャウシャット」と相手のセカンド・ネームを吐き捨てるように言った。
「オーケー、好きにやらせて貰うよ」
暫く沈黙が続いた。
「連絡先にここの住所書いて置いたから、ハンスが来るかもしれないよ」
「えー」ペーペルコルンは嫌そうに顔を顰めた。
「それぐらい、まあ良いでしょ」
クローディアは笑いながら、マリア・マンティーニの先をカットした。




