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閑話 「嫉妬」

「お疲れ」


「お疲れ様です」


タイムカードを押したら、俺は勢いよくロッカールームを駆けだした。

一緒に上がったバイト仲間が

――そんなに急いで転ぶなよ――なんて笑っているのを背中で受けて、思わず苦笑する。

振り返る事なく、片手を上げたのは返事の代わりだ。

郁じゃないんだから、そう簡単に転ばないっていうの。


最近、ぐっと郁と距離が縮まったと思うのは気のせいじゃないはず。

触れ合った手が自然と絡まるようになったり。

傍から見ても、友達には見えないと思うんだ。

人目をきにする訳じゃないけど、ちょっと前までぎこちなかったからな。


そう思いながらの待ち合わせの道のりは足が軽くて仕方がない。

あんまり遅くまで、引きとめられないから会える時間が限られる。

一分でも一秒でも早く郁に会いたくて、踏み出す足は自然と小走りになるんだ。


待ち合わせはいつも同じ場所。

駅の反対口の柱の向こう。

郁はいつだって、少し前かがみになって柱に凭れて待ってくれている。

俺を見た時、ぱーっと明るくなる顔は、どうしようもく心を疼かせる。

立ちっぱなしのバイトの疲労なんていっぺんに飛んで行くってもんだ。

誰もいなかったら、迷わず抱きしめたいと思ってしまう。

それはあくまでも願望であって、例え人がいなくても出来なそうなのだけど。


何でか今日は、少し悪戯心が沸いてきた。

驚かせてみようかと。


郁が凭れているだろう柱の傍までくると、呼吸を整え一旦足を止めた。

そんな時、急に聞こえた『郁』の声。

どうやら誰かと一緒らしい。聞こえてきたのが女の声で一安心だ。

郁の地元の駅とあって、誰と会っても不思議じゃない。

ふと頭に、夏祭りの光景が浮かんだ。


誰だか知らないけれど、郁に俺がいるって事、知ってもらうのも必要かも、と。

こんなに可愛い郁が誰かに好かれる事はありえない事なんかじゃないのだから。


一歩踏み出そうとしたその時、飛んでもない言葉が飛び交っていた。


「そっか、あの頃ずっと槇山さとるが好きって、郁言ってたもんね」


「うん、大好き。最近すっかり見てないけど、今何やってるんだろう」



マ・キ・ヤ・マ・サ・ト・ル?


大好き、だ?


片足が宙に浮いたままの格好で、脳天から雷を浴びたかのような衝撃。

整えたはずの呼吸が段々と荒くなってきた。

煩くなる心臓に落ち着けと手をやり、耳を澄ませる。

立ち聞きなんて趣味悪すぎだけど、今はそんな事言ってられないから――。


「さあ、私も最近ぱったりだから。見る暇もないしね」

誰かもしれないこの女はそいつを知っているって、そんなに好きだったのか、そいつの事。


「あー話してたら、急に見たくなってきちゃったよ。後で覗いてみようかな」


「郁、本当にああいう甘い言葉好きだもんね。郁はさ、彼がいるんだから、彼に言って貰えばいいじゃん。あーさては欲求不満を、槇山ワールドで発散したいってか?」


「もう、よっちゃんてば、そんなんじゃないってばー」


女は豪快に笑っているけど、俺にはちっとも笑えない。

というか、よっちゃんってあの女か。

桜みたいに眼力のあるあいつ。

郁も何でそんなに無邪気なんだよ。

槇山ワールドって何だよ。

甘い言葉が好きだって? 


最早俺の頭の中はパラレルワールドだ。

もしや、元カレの名前なのか?

はたまた、片思いの男の名前?

ほんのちょっと前の浮かれた気持ちが急にしぼんでいく。


「じゃあ、またね」


「うん、またね」


どうやら逢瀬は終わったらしい。

俺は気持ちを奮い立たせて、足を踏み出した。


柱の角から、よっちゃんとやらが出てきた。

俺の顔を見て、一瞬ギョッとしたように見えたのは気のせいか?

俺の事、認識してるって顔だよな。


何か言った方がいいのかもしれないが、言葉が出てこなくて、俺は少しだけ顔を下げた。

相当強張った顔をしていたに違いない。

それなのに、この女すれ違い様に


「どうも、郁が首を長くして待ってますよ」

だなんて、言って去っていった。

聞いてたんだぞ、さっきまで他の奴の話しをしていた癖に。


ドクドクとする鼓動は動揺からだ。

恐怖というものなのかもしれない。

女が出てきた柱の直ぐ横に郁がいた。

心なしか、顔が赤い。

さっきの奴の事でも思いだしているのだろうか。

堪らない焦燥感。


「あっ圭吾君、御疲れ様」

にっこり笑う郁はいつもの郁だ。

この笑顔は俺に向けているんだよな。

俺は大きく頷いて、郁の手を握った。


初めはびっくりした顔をした郁だったけど、耳まで真っ赤に染めながら、指を絡ませるのは俺の事好きだからだよね。

いつもよりも、握る手に力が入ってしまうのは、郁を放したくないって思うから。

郁もそれに応えてくれたのか、指先にちょっと力を入れてくれたみたいだった。


何か話そうと思うけど、言葉が見つからなくて、自分が本当に不甲斐ない。

そんな時郁が遠慮がちに、声を出して俺を見上げた。


「ねえ、圭吾君。ちょっと行きたいところがあるんだけどいい?」

正直ドキっとした。行きたいところと言われさっきの会話がフラッシュバックした。


「行きたいところ?」


「うん、今さっきバイトを終えた圭吾君には悪いと思うのだけど、そこの本屋さん」

郁が指さしたのは、駅の構内にあるそんなに大きくない本屋だ。

断る理由なんてなくて


「いいよ」

と返事をしたら、郁の顔が明るくなった。

その反応の良さにまた嫉妬心。


俺を引っ張るように本屋に入った郁が真っ先に向かったのは少女漫画雑誌だった。

バイト先でも人気のあるその雑誌、今日も何冊かレジを打ったものだ。


郁は中を開く事なくじっと表紙を見つめている。

郁の頭越しに一緒に覗いてみると、そこには――


「あったー。うわーまだこれ、連載してたんだ」

はしゃぐ声の先には


”槇山さとる”の文字。


あんまりにもホッとし過ぎて全身から力が抜けていくような感覚におそわれる。

漫画家かよ。

あまりにも空回りし過ぎだろ、俺。

自分が可笑し過ぎて、思わず失笑だよ。

そんな俺を見て郁は勘違いしたようだった。


「あー圭吾君笑ったな。この人の漫画凄く面白いんだから。そうそう、さっきよっちゃんに会ってね――」


俺に笑われたと思ったのか、プクっと頬を膨らませて漫画の面白さを説明し始める郁。

バカみたいな嫉妬だけど、郁と一緒にいるとそんな嫉妬をし続けるのだろうな、と思ったり。


「そんなに面白いんだったら、今度見せてよ」

それはほんの好奇心。

だって、その人の書く甘い言葉が好きなんだろ? と心の中で呟いた。


「圭吾君、絶対笑いそうだから、やだよーだ」

今の今まで面白いと力説してた癖に、見せてと言ったら嫌って言うか?


ほんと、郁といると面白い。

まあ、面白いだけじゃなくて嫉妬もしたりいろいろだけど。


甘い言葉かぁ。

というか郁の思う甘い言葉はどんな言葉なのだろう。


後でこっそり店の本を覗いてみよう。

きっと忘れる事は出来ないだろう槇山さとるの名前。


取り敢えず、打倒槇山なのか?


そんなわけわからない事を考えてしまう俺がいた。
















お久し振りです^^ 以前使っていたお話ですが閑話としてupしてみました。

暫く書いてなかったので勘を取り戻す為に恥ずかしすぎて読み返せなかった初期のお話を見てみました。

そして最初の数話を少しだけ改稿してみました。

これ以上読み進めるのには勇気がいるのでまた後ほど……

誤字脱字のオンパレードですが大目にみて頂けたら嬉しいです。


続き、少し書きはじめました。

来月中には更新出来ればいいなと思っています。


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