日曜日の朝2
「あっお父さん、三個までにしておいてよね」
テーブルの上、握り終えたばかりのおにぎりに手を伸ばすお父さんに思わず言ってしまった。
「郁の気合入ったおにぎりだからね」
お姉ちゃんのフォローにもならないその声にちょっぴり罪悪感も感じるけれど、そうは言ってられないんだから。
今度は難易度の高い卵焼きに挑戦だ。
お母さんは隣にいてくれるけど、本当にいるだけなんだ。
卵割るところから指導が入るってどういう事なのだろう。
相当危なかっしいって思っているのだろうな。
確かにその通りなのだけど。
「だから、郁っ、目を離しちゃ駄目だって。ほら、そんなに火を強くすると、あっと言う間に焦げちゃうよ」
慌てて火を弱めてみる。
お姉ちゃん、それで笑いを堪えてるつもりなのだろうか。
思いっきり笑い声が洩れてますけど。
というか、何で今日に限ってみんな早起きなの?
お姉ちゃんなんていつもは寝ている時間なのに。
お父さんだって、食べたら直ぐリビングに行くっていうのに。
はっきり言って凄くやりにくいのだけど!
「郁、早くひっくり返さなくちゃ」
お母さんの声に慌てて卵をひっくり返す。
ボソッとお母さんの
「大丈夫、そこは真ん中だから焦げても見えないわよ」
という呟きが聞こえた。
そして、三分後。
「郁にしては上出来よ」
という何とも微妙なお母さんの褒め言葉? を貰い卵焼きが完成した。
おにぎりとウインナーと卵焼き、それにお母さんお手製のお漬物。
うん、お弁当箱に詰めたらいい感じだ。
時間もまだちょっと余裕がある。
やっぱり11時にして正解だったかも。
なんて、思っていたのだけど。
何でこんなに時間が進むの早いんだろうー。
確かに、鏡の前でファッションショーをしたわよ。
スカートにしようか、ジーンズにしようか。
でも、そんなに時間が掛ってるなんて思いもしなかったよ。
念入りに髪を整えるつもりでいたのに、時は既に遅し。
これじゃいつもと変わらないじゃない。
いや、自転車をかっ飛ばしてるからいつもよりも酷いかも。
そんなこんなで好タイムで自転車置き場に滑り込んで、いつものおじちゃんに
「いってきます」
と言うと、これだけは横にしちゃいけないとお弁当の入った鞄を抱えて駅へ向かった。
待ち合わせは、緑地公園の有る駅。
グットタイミングでやってきた電車に乗り込むと、気休めにしかならないだろうけれど、手で髪を撫でてみたりして。
案の定、電車の窓にうつった私の髪は見事に……跳ねてました。
こんな事なら、昨日から決めていたこのジーンズにしとけば良かった。
そう、散々迷った挙句、私が手に取ったのはベットの脇に出しておいた洋服だったり。
何やってるんだろう、私って。
そうこうしている間に、あっという間に駅に着いちゃった。
お弁当大丈夫だよね。
今更ながら、その中身が気になったりして。
自転車の籠、結構揺れてたかも。
味も気になるけれど、見た目も大事だよね。
ぐちゃぐちゃになってませんませんように、と願いながら改札口を抜けた。
自転車ダッシュのお陰で待ち合わせまでまだ10分もあるからと、ほっとしながら向かったその先に柱の陰から少しだけ見えた足先。
急に胸がドクンと跳ねた。
そんな身体の一部だけでも、圭吾君だ、って解っちゃう私って凄いかも。
心の中でそっと近づいて驚かせちゃおうかな、なんて考えてみたけれど足が勝手に速足になっちゃって、後数歩というところで、ちらりと見えていた足先が動いて私の方が驚いちゃった。
「郁おはよ」
と振り向き様に言われて
「おはよ、圭吾君」
って言ってみたけど、何で圭吾君が私が来たって解ったんだろう。
柱の向こうにガラスが有る訳じゃないのに。
軽くトリップしてしまった私の前ににゅっと手が伸びて
「持つよ」
と私の鞄をひょいと持ってくれた。
ちょっと待ってその中にはお弁当が――。
「あ、あのね。それ」
おにぎりを作るって言ってあるんだから、圭吾君も解っているだろうけど何でか私は言いたい言葉も出ずにどもってしまった。
「ん、あっ大丈夫だよ、大事に持つから。昨日から楽しみなんだよね、郁の大きなおにぎり」
と、鼻血が出そうなサービス満点の笑顔で言ってくれちゃう圭吾君って何者なのだろう。
向けられた笑顔に私もつられて、笑ってしまう。
「天気もいいから、散歩がてら歩いていこうよ」
圭吾君の提案に私も大きく頷いた。
バスに乗ったら3つの停留所。
あっという間についちゃう距離だけど、歩いていけばそれだけ一緒にいる時間が増えるような感じがしちゃう。
黙って出された手に手を重ねると、一本一本指が絡まって。
ちらりと見上げた圭吾君の顔。
斜め上を向いているのは照れてるからなのかな?
そんな自分に良い勘違いをしてしまいそう。
圭吾君の顔を見ちゃったからか、急に指先がとくとくと波を打つ。
まるで、指先に心臓がついているみたい。
嬉しいけれど、恥かしくって。
お弁当の中身がどうなっているかなんて、一瞬で吹き飛んじゃったよ。