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嫉妬だろうな

「それでね、桜ってば凄かったんだよ」


目の前の郁はその時の事を思いだしているのだろう。

凄く楽しそうに身ぶり手ぶりで説明してくれている。

一番最後のクラス選抜のリレーに出た桜の事を凄いだの、かっこいいだの。ちょっと妬ける。

きっとこの場にいたら、したり顔で俺の事を見るに違いない。あいつはそういう奴だ。

だけど、郁が知らないだろう俺の待ちうけ写メの事を考えたらここは我慢なんだろう。


「圭吾君聞いてる?」


軽いトリップ入った俺に珍しく郁から突っ込みが入った。


「聞いてるって」


正直、こんな風に話が出来るか不安もあったんだ。

この前の事は後悔していないけど、ぎくしゃくしたらどうしようと思っていたのも事実なのだから。


「はい、おまたせ」

郁の前にはあんみつ、俺の前にはわらび餅。

祭りの時に初めてきた、この甘味処は今や常連になりつつある。

小さすぎるちゃぶ台が心地よいなんて不思議なものだ。


一気に話しすぎたのだろう、少しぬるくなったお茶をごくごくと飲み干す郁。

あんみつに手をかけるだろうと思ったら、突然郁が声をあげた。


「これ、本当にクリーニング出さなくていいの?」

膝の上に置いていた袋を持ち上げた。

いいの? なんて。

そのまま渡してと言ったのは俺の方なのに。


「うん、そのままでいいんだ」

そう言っているのに往生際悪く


「だって、汗臭いよ」

と小さな声で呟いた。


「だってたった一日だろ? この前も言ったけど、俺はこれを一学期間毎日きているだから気にしないって」


「本当に?」


俺は返事をしない変わりに、大きく頷き袋に手を伸ばした。

郁の香りが残ってた方がいいんだって言った方が納得するのだろうか。

そんな事、言えっこないけど。

誓って言うけど、俺は変態なんかじゃない。


ぺこりとお辞儀をしながら、学ランが入った袋を渡された。

この学ランに袖を通すのが待ち遠しいって思う俺はやっぱり変態なのだろうか……


「どうもありがとう」

という郁に

「どういたしまして」

と言う俺はきっと締まりのない顔をしているのだろう。

郁はというと待ってましたとばかりにスプーンを持って『いただきます』のポーズ。

ちょっとだけ顔が赤いような――気のせいか?


本当に嬉しそうに食べるんだよ。

ちょっと妬けるくらい幸せそうな顔。

あんみつと張ったところで仕方が無い事なのだけど。

今日は桜といい、あんみつといい……。

まあ良しとするか、郁が嬉しいのなら。


「そうそう、段々秋の雲になってきたよね」

思わず、喉がくっと鳴る。郁のこんな突然の話題変更も慣れたもんだ。


「今年は暑かったから、やっとっていうのかも知れないね」

今年は本当に暑い夏だった。


「去年は、桜とか同じクラスの子で食べ物持ちよって、ほら、私の学校の一個手前の駅に大きな緑地公園あるじゃない? あそこにピクニック行ったんだよね。遠足みたいで楽しかったな」

また桜か、と思いつつ、ふと思う。――ピクニック、食べ物?――と。

郁を見ると天井に視線を向けて、何やら思いだしている様子。

あんみつのせいなのか、その時の事を思いだしているせいなのか、かなり嬉しそうな顔。


「ピクニックか。食べ物って?」

頭の中の疑問がするりと口に出ていた。


「みんなで、作って持ちよったんだよ。凄く美味しかったなぁ」

遠足みたいなピクニックに美味しい食べ物といったら郁にとって最高かも。

そして、気になるのが”作って持ちよる”という言葉。


「郁は何を作ったの?」

同じ学校ならば、郁の作ったお弁当とか見れるのに、とまた少し歯がゆくなる。

郁は少し、頬を膨らませてつっけんどんに言ったんだ。


「私は、みんなからおかず禁止令が出て”おにぎり”担当になったんだよ」

本当に、あれだけは失礼なんだから――。最後のは俺に向けた言葉じゃなくて、郁の呟きだろう。

そんな拗ねた顔も、可愛いと思ってしまう。


「でも、おにぎりだって立派なもんだよ」

フォローしようと思ったけど良い言葉が思い浮かばなくて、何が立派なのだか自分でも意味不明だ。


「うん、いっぱい握ったんだよ、たらことかシャケとかこんぶとか。美味しかったんだからね」


そんな郁の言い方が可愛すぎだろ。思わず、笑みが洩れてしまった。決して馬鹿にしたんじゃないんだけど、郁はそう取れなかったみたいで。


「あー圭吾君、笑った。本当に美味しかったんだからね」

頬をぷくっと膨らませて、いる郁。俺の望む言葉を言ったと気がついてないのだろうな。

俺は心の中で、小さくガッツポーズ。


「じゃあさ、そのおにぎり食べさせてよ。今度の休み、緑地公園行こう。郁の作ったおにぎり持ってさ」

まさかそうくるとは思ってなかったのだろう、目を泳がせ始めた郁。面食らったって感じか?

急に、勢いを無くした郁に向かってもう一度念押しだとばかりに


「郁の作ったおにぎり食べたい」

わらび餅を箸で掬って、ゆっくりと口に運んだ。

まるで、おにぎりを食べるかのように大きく歯を浮かす。


「真面目に言ってる?」


「うん、至って真面目。楽しみにしているから」


「本当に?」


「本当だよ」


これだけの念押しに観念したのか、郁はこくりと頷いて頬を赤く染めた。


「でも、おかずは期待しないでね。その……」

最後の言葉はごにょごにょと聞こえなかったが、良しとしよう。


「おにぎりだけで、十分だよ。凄い楽しみだ」

これは決して大げさなんかじゃなくて。


「そんな期待されると、プレッシャーなんだけど」

俺と対照的に段々と落ちていってるような気がしないでもないけれど。ちょっとこれは譲れないかも。


「郁のおにぎりが食べたいだけだから」


「うん。じゃあ頑張る」


そこまで嫌じゃないよなと、卑屈な思いも出てくるけど、やっぱり郁と出掛ける事が嬉しくて。

そんな風におもうのは俺だけじゃないよな。


郁の頭はおにぎりに向かったようだ。

小さな声で


「やっぱりシャケは外せないよね」

と呟いていた。


郁が作ったのなら、具なんてなんでもいいんだけどな。

そう呟く俺がいた。
















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